典明くんとキスがしたい
◇3部といいつつ数年後の生存院。
「典明くん、キスしていいですか」
「…え」
程よく暖房が効いた室内で、静かに…けれど確かになまえの言葉が聞こえた。
あの旅から数年後、SPW財団に就職した僕となまえ。
所謂お付き合いというものを始めて、一か月くらいは経っただろうか。
そして今は僕が借りているマンションの一室で、僕は仕事に関する資料集めのためにパソコンを。
なまえは事務業務に必要だという資格のテキストを読んでいた。
なんとも色気もなにもない僕たちだけれど、これが通常運転なのだから仕方がない。
(別にワーカホリックというつもりもないしね。)
さて、そんな中、思わずキーボードを打つ手が止まってしまって、ついでに思考も少々停まってしまったけれど…。
テキストをテーブルに伏せて、じっと僕の返事を待っているなまえ。
至って真剣な顔だ。
「え…っと、どうしたの、急に」
いや、恋人に向かってキスがしたい理由を聞くなんておかしくないか?と片隅で思いながら、今までのなまえから考えると想像できない言動なだけに、気になってしまうのはやっぱり仕方がないことだと思うんだ。
「典明の横顔にキュンときました。あと、疲れました。…っていうか、そろそろキス…したいなって…前から、思ってて…」
ちょっと、自分で言って照れるのって反則じゃあないのか。
語尾に向かうにつれてごにょごにょと口ごもるなまえの顔は真っ赤で、僕の方まで恥ずかしくなってきた。
というかむしろ、そんな事を彼女に言わせてしまうなんて。
いくら初めての恋人だからって、不甲斐ないにも程がないか、僕。
なまえのさばさばとした性格に甘えて、あまり自分から恋人らしいことをしてこなかった自分に反省する。
「うん。キス、しようか」
「う、うん。…え、して…くれるの?」
「もちろん」
なまえには言わせてしまったから、せめて実行は僕から。
僕は眼鏡を外し、なまえの頬に手を添えるように触れる。
なまえの頬は見た目どおりとても熱い。
多分、僕も似たようなものなんだろうけれど。
「ふふっ、なまえ、目…閉じて」
「あ、うん。ごめん」
そんなに固く閉じなくてもいいのに。なんて心の中で小さく笑い、けれどその緊張は僕だって同じ。
ほら、今なまえに触れている手だって震えている始末だ。
いい歳してかっこ悪い。
でも、ちゃんと好きな人と付き合うことができて、キスができる。
これは凄く素敵なことだと僕は思う。
顔や身体に残る傷痕。
幽波紋なんていう一般的じゃない能力。
僕のこんな性格。
全部知っていて、それでいて受け入れてくれるなまえ。
キミと出会えて幸せです。
その気持ちができるだけ伝わるように、僕はそっと口づけた。
end
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