露伴に会いに来た、っていうのは内緒
「あちゃ〜…」
ポツポツと肩を濡らした水滴に気が付いた直後には、既に空を見上げるまでもない程に無数の雨粒が地面に向かって降り注ぎ始めた。
今朝のお天気情報で、確かにお姉さんが『所により雷雨になる可能性があります』と言っていたけれど、そんな言葉はここ最近毎日のように聞いていて、そして実際にこの辺では雨が降ることの方が少なかった。
だから、というのは失礼な話だと思うけれど、まぁ、気を抜いていたわけで。
傘なんか持っていなかったわたしは、あっという間にしっとり…どころかぐっしょり、になってしまった。
前髪がおでこに貼りつくのが気になるし、おろしたばかりだったワンピースが雨水を吸って身体に貼りつくのも気になる。
けれど今更走って家に向かおうとも、あまり大差はない。そもそも今、わたしは遠回りをしている最中だったので、そんなに家までの距離が近くない。
「あーあ、もうちょっとだったのになぁ」
もうちょっと待ってくれたらよかったのに。なんて、空に向かってぼやく。
降り始めるのが後5分くらい遅ければ、わたしは遠回りをした目的である場所に辿り着いていたはずなのだ。
そうすれば、少なくともこんなに濡れることはなかっただろう。
「(でも流石にこれじゃあ、ねえ…)」
自分のナリを見て、苦笑が漏れる。
最初からアポなんて取っていなかったから、ただでさえ彼…露伴は渋い顔をするだろうと思っていた。
それでも、「なんの用だよ」なんてことを言いながらとりあえずは家に入れてくれるんだろうとも。
しかし、流石に今のこの恰好ではあまりにもみすぼらしい。
露伴の嫌味だとか説教だとかは別にいい。
いつものことだし。
でも、仮にも好きな相手にこんなみすぼらしい姿、できることならあまり曝したくはない。
…せっかく遠回りをして来たけれど、仕方がない。
今日はこのままスルーして帰ろう。
とんだ無駄足になっちゃったな。
溜息を吐きながらも歩を進めれば、やがて見慣れた大きな家の前に差し掛かる。
靴の中までびしょびしょになるのは避けたいから、できるだけサクサク歩くべきなんだろうけれど…この家の前を通る間だけは、と自分に言い訳をして、露伴がいつも仕事場として使っている部屋を見上げながら歩く。
遠目からでも、一目見れたらいいな。そう思うわたしは、自分で思うより結構乙女チックなのかもしれない。
「(…いない)」
窓から見える範囲に、彼はいなかった。
通りから見える、他のカーテンやブラインドが開いている部屋を見ても、その姿は見つからない。
本当の本当に無駄足になってしまった。
でも、残念ではあるけれど、これで諦めがついた。
さっさと家に帰ってお風呂に入ろう。
夏とはいえ、これだけ濡れたら風邪を引いてしまうかもしれない。
自分に言い聞かせて、わたしはようやくその大きな家から視線を外し、進行方向である道の先に広がる風景を、
「おい、なまえ!」
…見ようとしたけれど、一瞬でわたしの視線は元の方へ戻った。
「え、あれ…露伴、」
「なに呆けた顔してんだ。ああもう、いいから早くこっちへ来い!」
「えっ、は、はい」
突然呼び止められたことに驚き、目をパチパチさせていたわたしだったけれど、露伴が怒鳴っているのでとりあえず考えることは後回しにしてその指示に従う。
玄関前まで来て、こんなずぶ濡れで玄関へ踏み込んでしまってもいいのだろうかと躊躇したけれど、相変わらず露伴が玄関を開けたままでいるので、申し訳なく思いながらも足を踏み入れた。
「あの、」
「待ってろ。タオルを取ってくる。…そこを動くんじゃあないぞ」
「あ、はい」
なんだかさっきからこの人めっちゃ言葉被せてくるな。
ぼんやり頭を過った言葉は飲み込んで、大人しく露伴が戻るのを待つ。
「一体何を考えているんだ、キミは」
すぐにタオルを片手に戻って来た露伴は完全にお説教モードだった。
眉間に皺を寄せている彼は多分…呆れているというより、ちょっと怒っている、ように感じた。
貸してもらったタオルで髪や服を拭いている間、露伴はくどくどと言葉を連ねていく、
「…だいたい、ここを通ったんなら何故ぼくを頼らない?不愉快だ、まったく」
「え?」
「なんだよ」
「いや、だって…露伴は迷惑がるだろうと思ったから、ちょっと意外で…」
「ぼくに喧嘩を売っているのか。キミがここを通ったことに気が付かなかったならぼくだってどうでもいいさ。でもな、ぼくはキミがずぶ濡れで歩いていたのを見たし、キミもここがぼくの家だと知っていることを知っている。それでも何も言わずに通り過ぎようとするなんてむしろぼくに対する侮辱にも等しい」
玄関に水溜りができてしまったことでも、天気予報を無視してしまったわたしの軽率さについてでもなく…“頼らなかった”ことに対して怒っていたんだ、露伴は。
「…嬉しい」
「はぁ?」
「ううん、なんでもない。…ごめん、次からはしっかり頼らせてもらうね」
露伴に会えて、なんだかんだ言って家に入れてもらって。
わたしが望んでいたことが全て叶ってしまった。
しかも、しかもだ。
露伴から声をかけてくれた。
自分を頼れだなんて、勘違いしてしまいそうになるようなことを言ってくれて、わたしは自分が思い上がらないように言い聞かせるのに精一杯。
お説教もされたし、おろしたばかりのワンピースも、髪もお化粧も台無しだけど、でも全然そんなのどうでもいいと思えてしまうくらい、露伴の全てがわたしの心を晴れやかにしてくれる。
わたしは、緩む口元を見られないように、借りたタオルにそっと顔を埋めた。
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