典明くんとクリスマス


◇3部といいつつ数年後。二人とも成人済みの社会人。


雪が降るんじゃあないかというくらい寒い朝。
休日のこんな日は、あったかくて柔らかい布団の中でいつまでも包まっていたいなぁ、なんて…いつもならそう思うけれど。

「やった、いいお天気!」

カーテンを開いて見上げた空は薄い青色で、雲も少ない。
道の向こうに見える木々の揺れも穏やかなもので、今日はお出かけ日和のようだ。

典明くんとのデートはいつも楽しみだけれど、今日は特別。


付き合って初めてのクリスマスデートだ。


「おはよう。お迎えにあがりましたよ」

いつもの休日よりもずっと早くに起きたわたしは、1週間前から決めていたコーディネートに身を包み、仕事の時よりもずっと慎重に気合を入れてお化粧をした。
それでも典明くんがお迎えに来てくれると言っていた時間よりもかなり早く支度が済んでしまい、何度も鏡を覗き込んだり、持ち物を確認したり…。とにかくそわそわ落ち着かなかった。

それでもいざインターホンが鳴ると、心臓は一層高鳴って、緊張と高揚が一緒に身体中を巡る。
…彼と言葉を交わすまで。

「ふふっ、おはよう、典明くん。今日はすごく紳士な感じだねぇ」

「心外だな。まるでいつもは違うみたいじゃあないか」

「んー、どうかな〜」

「意外と手厳しいね」

「ごめんごめん。典明くんはいつも優しくて優雅でエクセレントです」

「キミ、思いついたまま言ってるだろ」

「あはっ、バレましたか」

典明くんの顔を見て、声を聞いて。そうすればもう緊張なんかどこかへ消えて、自然と笑顔になれるんだ。

他愛ない会話をしながら、家の鍵を掛け、駐車場へ。

今日はわたしの希望で、少し遠い大型複合商業施設に足を運ぶ。

クリスマスのデートとしては地味というか、パッとしないイメージかもしれないけれど、そこはとても大きなクリスマスツリーが有名で、一部フロアがクリスマス限定でクリスマスマーケット仕様になるということもあり、なかなか人気のスポットとして認知されている。

今回わたしがその場所を希望したのには、少し別の理由もあるのだけれど…それは典明くんには内緒。
密かに計画しているシークレットミッションなのだ。


「わ、やっぱり混んでるなぁ」

「本当だ。すごいな…」

駐車場に車を停める時から分かっていたことだけれど、実際建物の中へ一歩踏み込んですぐ、その人の多さに声が漏れてしまった。

「あ、でも…もしはぐれちゃってもあのツリーのところで集合にしとけば確実だね。流石、すっごい目立ってる!」

「もしはぐれたとしても、僕が必ず探し出すから心配いらないよ」

「ふふふっ、今日の典明くんはなんだか気障だね」

「僕も自分で言っておいて、今すごく恥ずかしいよ…」

典明くんの不思議な能力のことは知っているから、今の言葉がただの気休めだとは思っていないけれど。
なんだか、こう…むず痒くなってしまって、多分きっとそれは言葉にした本人も同じだったんだろう。
二人して誤魔化すように笑い合い、何事もなかったように手を繋いで歩を進めた。

この広い敷地の中には、様々なお店と映画館、レストランが含まれている。
いろんなお店をひとつひとつ見て回れば、一日楽しめるような場所だ。
だから人が多くても、セールやイベントの時間を避ければ特に問題はない。充分ゆっくり見て回れるだろう。

「さて…僕も此処には初めて来たんだけれど、まず何処か見に行きたいところはあるかい?フロアとか、お店とか」

「えー…っと、あ、この辺りがいいな。時計とか、お財布とかがあるみたい」

「あれ、案外初手で落ち着いたところへ行くんだね」

「えっ」

「いや、女性はまず服とか見に行きたがるものかと思っていたから…偏見だけど」

「あ、あー…女の買い物は長いからね!今日は覚悟しててね、典明くん」

「…お手柔らかに」

苦笑いを浮かべる典明くんを余所に、わたしはほっと息を吐く。
彼は勘の鋭い人だから、隠し事をするのは大変だ。

…そう、今日のわたしのシークレットミッション。
それは、色々な場所、物を見て、典明くんへのプレゼントを用意すること。

随分前からクリスマスにプレゼントを渡したいと考えていたわたしだけれど、何がいいか考えれば考えるほど迷走してしまい…。挙句、もう直接彼に聞いてみようかとも思ったが、それを聞いて彼が素直に答えてくれるとも思えず…。

頂いた冬の賞与を全部つぎ込んでもいい。典明くんが本当に欲しいもの。使いたいものをプレゼントしよう。
そんな結論に至ったのである。

…とは言ったものの…。

「あ、これいいんじゃあないか?デザインもいいし、防水らしい」

「わぁ、本当だ!かわいい…!」

「流石に洗濯機で回してしまったらアウトかもしれないけどね」

「う…っ、の、典明くんの意地悪…!」

流石典明くん、手強い。手強いよ…!

わたしが典明くんを観察するどころか、なんだかんだ彼はわたしに色んなことを提案してくれてしまうのだ。

あそこのあれが似合いそうだとか、試着してみたらとか。
それがまたわたしの趣味をよく分かっていらっしゃるものばかりで、わたしったらすごく楽しんでしまっている。

…いや、典明くんとのデートなんだから楽しいのは当たり前なんだけれども!

今見せてくれている腕時計だって、ピンクゴールドがかわいい、すごくわたし好みのもの。
しかも少し前に、気に入って使っていた腕時計を誤って洗濯機で洗ってしまい、壊してしまったばかりなのだ。
…もう何があっても腕時計をスカートのポケットにしまったりしない。

正直言って…欲しい。すごく欲しい。
…でも、今日は極力自分のことでの出費は避けなければ。

泣く泣く時計はまた今度と曖昧に誤魔化し、わたしも負けじと典明くんに似合いそうだと思うものを探しては提案してみる。

時計、眼鏡、お財布。靴や服にアクセサリーなどなど。
香水は色んなものを嗅ぎすぎて、二人ともわけが分からなくなった。
…おかげで、お昼ご飯を食べ終わる頃まで鼻がおかしかった…。

色々なものを見て回り、たまにふざけ合ったりもして。わたしはずっと楽しかった。
典明くんも、そうだったらいいなぁ…。

15時を知らせるアナウンスを聞き、もうそんな時間なんだと思った。

そして、休憩がてらに頼んだコーヒーを飲み終えたところで、わたしはついに行動に出る。

彼にはお手洗いに行って来るからと伝え、そして、きっとすごく混んでいるだろうから遅くなるだろうことも事前に伝えた。
ただでさえ人が多いことは分かっているし、典明くんもお手洗いに一度行っていて、すごく混んでいたと言っていたから、怪しむ余地はないだろう。

わたしは人混みに紛れると、人とぶつからないよう気を付けながら、小走りで目的地へ走る。

本当に色々迷ったけれど…わたしは、時計を贈ろうと思う。

気に入った様子で腕に巻いていたものがあったし、それに…時計を贈ることには、特別な意味があるらしい。

女性から男性に時計を贈るのは、『あなたの時間を束縛したい』という意味があるそうだ。

これは、一人で彼へのプレゼントを考えていた時に見た雑誌に書かれていた言葉。その時は、『束縛』という言葉が引っかかり、あまりいいな、とは思わなかった。

けれど今は、束縛したい…より長く一緒に同じ時間を過ごしたい。なんて、そんなわがままな気持ちが溢れ出しそうで…。
典明くんが贈りものの意味を知っているかはわからないけれど、わたしの今の気持ちを形として渡せるのなら。

そう、思ったんだ。


「メリークリスマス、なまえ」

「…え」

一日歩き回った大型複合商業施設から車で20分ほど。
恐らく随分前から予約をしておかないと、クリスマスに席なんか確保できないであろうお洒落なレストランにわたしたちはやって来た。

夕ご飯もあそこで済ませる気満々だったわたしは、典明くんに車へ乗るよう促された時、もう帰るのかなー、と考えたわけだけれど…。

「たまたま雑誌に取り上げられてたのを見てね。なまえが好きそうだと思ってたんだ。…驚いたかい?」

「おどろいた…超、驚いた…!わー、お洒落っ。もう店内にあるもの居る人全部がお洒落に見えるよ…!」

テンション的には飛び跳ねたいくらいだけれど、なんとか自重。別にそこまでしなくてもいいのに、何故か小声にまでなっていた。

もともと夕ご飯の後か帰りに渡そうと考えていたプレゼントも、ここなら最高にいい雰囲気で渡せるだろう。

その時のことを考え、まるで悪戯を企む子供みたいなドキドキと、喜んでくれるだろうかと心配するドキドキ。それから、このお洒落な空間にときめくドキドキが入り混じって、なんだかそわそわと落ち着かない。

出される料理も素敵だったけれど、ちょっと、味はよく分かってないかも。

食後のデザートとコーヒーが出されたところで、そろそろかと手に汗握った時…まさかまさか。
典明くんに、先手を打たれた。

「サンタからでなくて悪いけど、受け取って貰えたら嬉しい」

「…うそ、ほんとに…?」

「キミと初めて過ごすクリスマスなんだ。これくらいの恰好はつけさせてくれよ」

差し出された長方形の箱。
綺麗にラッピングされたそれに目をぱちぱちさせていると、典明くんはそもそもプレゼントを用意していたこと自体にわたしが驚いていると思ったのか、若干苦笑いを浮かべた。

その声にハッとしたわたしは慌てて両手を振り、大事に鞄へ忍ばせていた、彼へのプレゼントへと手を伸ばす。

「ち、違うの。そうじゃなくってね…あの、わたしもこれ…典明くんに」

わたしの手にある、彼のものとほとんど同じくらいの大きさの長方形。
そのラッピングは、色が違うだけの同じデザイン。

典明くんもそれを見た瞬間、驚いた表情になる。

「…これは、同じ店の…」

「え、え…っ、知ってたわけじゃあないんだよね?」

「…いいや。今日、なまえがあの店でこの時計を気に入っていたようだったから…だから、」

「わたしも!…わたしも、今日典明くんのこと見てたらこれかなっていうのを…」

二人して『信じられない』という顔をして、それでもこんな滅多にない偶然に興奮した。

「…もしかして15時くらいの、あの時?」

「うん…」

「…つくづく似たもの同士ってことなのかな…。僕も、それより前にキミを待たせたことがあっただろ?…あの時に」

「…わー、なんか…すごい、今鳥肌立ってるよ、わたし…!」

驚きと嬉しさに、お互い声を抑えて笑い合う。
信じられない。こんなことってあるんだ。
…何故だかちょっぴり、涙が浮かびそうになる。

「ほとんど今日一日、同じことを考えて行動していたのかもしれないね、僕ら」

交換するかたちになった二つの箱を、それぞれ大事に、丁寧にその手におさめる。

「ありがとう。すごく嬉しいよ」

そう言って、典明くんはとても嬉しそうな表情で箱を眺めている。
きっとわたしも今、同じような顔をしてるんだろうなとぼんやり思った。

「わたしも、本当に嬉しい…。ありがとう、大切に使うからね」

典明くんから貰ったものだから、本当は大事に大事に飾っておきたい気持ちがある。
けれど、彼はきっとそれは望まないと思うの。
だって、わたしがそうだから…。

できることなら肌身離さず付けていてほしい。
それで、会えない日でもわたしのことを思い出してくれたら嬉しい。

「あ…。典明くん、あのね…時計を贈る意味って、知ってる?」

これも、同じ想いだったらいいなぁ。…なんて。
贅沢な期待を少し抱いて、わたしは彼に問いかけた。



end




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