露伴先生に欲情する


単なる好奇心だった。と言ったら嘘になる。
いや、好奇心はあった。が、それだけじゃあないという話だ。

そこには確かに下心もあったわけだが…。

「(これは、なんというか…)」

ヤバい。想像以上に。

語彙力の低いガキのようだが、今のぼくはあまり余計なことを考えている余裕がない。

「露伴せんせ?」

拳一つ分離れた隣に腰かけ、ぼくの顔を見上げて小首を傾げるなまえの頬がほんのりと赤い。
それは、彼女が熱そうに息を吹きかけている紅茶のせいなんかじゃあない。

…彼女は今、ぼくに欲情している。

彼女を“読む”までもない。
何故ならそれは、このぼく自身が彼女に“書いた”ことなのだから。

ぼくとなまえは恋人同士であるし、最近不仲だとか、全く進展がないってわけじゃあない。
というか、進展どころか、ぼくたちはプラトニックな付き合いはしていない。
自分の知らない自分自身のことを相手が知っていたりする程度には、まぁ色々な意味で深い関係だ。

…けれど今日、ぼくはふと思った。

なまえは自分から手を繋いできたり、時には抱きついてきたり、キスをしてくることもある。が、そういえば彼女からそれ以上を求めてきたことがないな、と。

女性だって性欲があり、それを満たしたいと思う時があるだろう。
例え男のように定期的に吐き出す必要がないとしても、人間ならば少なからずそういう瞬間があるものじゃあないだろうか。

そんな疑問を抱いてしまったら、ぼくという人間は確かめたくて仕方がなくなってしまうんだ。

ぼくからのアクションなしに欲情した時、彼女はどんな顔を見せ、どんな行動をとるのか。

「…ね、もしかして疲れてる?」

「ん、ああ、いや。少し考え事をね」

「そっか。…漫画のこと?」

「…まぁ、そんなところかな」

「それじゃあわたしは口出しできないなぁ」

キミのことだよ。なんて、そんな一見蜂蜜に砂糖をぶち込んだようなセリフは口が裂けても言えるわけもない。

ぼくと目が合ってすぐ、慌てたように視線を逸らし、苦笑で誤魔化すなまえは、いつもより数段大人しい。

いつもだったら、こんな拳一つ分なんてまどろっこしい距離の取り方はしない。
ぴったりくっついて来るか、向かい合わせに座るかといったところだ。

さっきから視線をちらちらこちらに向けているのに、いざ目が合うと逸らしてしまう。
その時の困ったような顔と、そわそわと落ち着かない指先。
少ない口数と、選ぶように発せられる言葉たち。

きっと、どうしていいのか分からないんだろう。
どう言葉や行動に表したらいいのか。

自分ばかりがいやらしい気分になっているという恥じらいもあることだろう。

そんなことを考えながら観察しているぼくも、そのいじらしい姿に理性が吹っ飛ばされないようにするのに必死で、いつもよりずっと無口になっている自覚がある。

「でも、わ、わたしといる時はわたしのこと、考えてくれたら嬉しいな、なんて…」

ぼくの手にそっと手を重ね、自分で言ったくせに相当恥ずかしかったのだろう。
顔を真っ赤にしてテーブルの上へ置かれたティーポットの辺りに視線を彷徨わせているなまえに、ぼくは内心で両手を挙げた。

「…おいおい、そんな顔をして…ぼくに襲われたいのか?」

なまえの顎を指で軽く押し上げ、驚いた表情を浮かべる彼女の唇を塞ぐ。

「ん、」

一度唇を離した瞬間に彼女をもう一度本にして、ぼくが書き込んだ文字を消してやる。
元に戻す時、一瞬だが見えた新しいページには、この短い時間に彼女が懐いたたくさんの想いや葛藤が追加されていた。

ああ、もう。降参だよ。

ぼくに回された手は、文字を消しても変わらずぎゅっと強くぼくを求めてくれていた。



end




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