ブローノと別れ話
◇5部本編より前。
別れを切り出したのは、わたしからだ。
だというのに、今にも泣き出してしまいそうなのは今でも彼のことを心から大切に想っているからだ。…愛しているからだ。
けれどそれ故に、わたしは別れを切り出した。
「…ワケを、聴かせてくれないか」
彼…ブローノはいつだって優しかった。優しくて、落ち着いていて。あまり激昂したところを見たことがないし、わたしに対して手をあげたことなんてただの一度もなかった。
今だって、問いかける声は静かだ。
「嫌いになった」だなんて軽々しく言えるほど、ブローノに当てはまるその理由が思いつかない。
「……ブローノのこと、嫌いになったとかそういうんじゃないんだけど、普通の…一般の人と、お付き合いをしたいの」
彼がギャングであることは、このネアポリスに住む人間なら誰でも知っていることだ。子供だって知っている。
それを今更別れの理由として突きつけるのは、なんて身勝手なことか。
…しかし、わたしの吐いた言葉の全てが嘘というわけではない。
嘘をつく時は、嘘の中に少しの本当を混ぜる方がバレにくいものだ。
最近、彼は自分のチームを作った。
もともとこの界隈を仕切っているポルポに気に入られているらしいブローノは、色々な仕事を任されていた。…流石に詳しい仕事内容は分からないが。
ただでさえ忙しかったブローノがチームを作り、リーダーとなってからは、デートのキャンセルも増えた。
けれどそれはこの街の治安を良くするための行動がほとんどだったし、キャンセルの埋め合わせは必ず何かしらのかたちでしてくれた。
だから残念に思うことはあっても、腹を立てることはなかった。
ただわたしは…彼の負担になりたくない。
その一心だ。
でも、彼はそんなわたしの胸の内を知らない。
本当に嫌いになったわけではないということも、不満があったわけではないということも。
どうか、「身勝手な女だ」と思って、突き放してほしい。
「嘘だな。キミは嘘をついている」
「っ!?」
見透かされるような美しい青色の瞳から、無意識に視線を逸らしていたらしい。
弾かれたように顔を上げれば、正面に座った彼の双眼がじっとわたしを見つめていた。
「…まぁ、本音も少なからず含まれているのかもしれんが…少なくとも、キミが最初に口にした『別れたい』というのは嘘だな。心からの言葉ではない」
「ど、どうしてそんなこと…」
「前にも言ったことがあるだろう?オレは人の嘘を見抜くのが得意でね。…なまえ、キミは汗の味を確認するまでもない」
彼が席を立った。
なんと言葉を言い繕えばいいのか必死に考えていたわたしの肩が跳ねる。
呆れて外へ出てしまうのだろうかと焦ったが、その逆。ブローノはわたしの方へ歩いてきた。
そして相変わらず静かな声で言うのだ。
「なぁなまえ、オレだって嘘を…ましてや恋人に、嘘でもそんなことを言われたらかなり傷つくんだ。…それに、どうしてキミがそんなことを言い出したのか、本当のところも知らなくてはならないと思っている」
「ブローノ…待って、わたしは、」
「待たない。…オレは今、結構マジに怒っているんだぜ」
「…っ」
あの温厚なブローノを怒らせているのは間違いなくわたし自身だし、ちょっぴり怖いとも感じている。
…けれど、不謹慎だとは分かっているが…。
彼がわたしのことをどんなに想ってくれているのかが表されているような気がして、正直、かなり嬉しいと想ってしまっている。
必死に抑えていた感情が、ぽろぽろと涙になって頬を伝っていく。
掴まれ、引っ張られている右手は、『怒っている』と言った割に痛みを感じない。
ああ、やっぱり大好きだなぁ…。
自ら別れを切り出しておいて、けれど彼がそれを拒んでくれて。
それをこんなにも嬉しいと思うあたり…やっぱり、わたしは間違いなく「身勝手な女」なんだろう。
end
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