ギアッチョの就職を祝福できない


◇5部本編より前。ギアッチョ過去捏造。


「おいこらババア!」

バタンッ!
ドアを蹴破るような勢いで開いたそそいつは、帰るなり「ただいま」もなにもなく怒声をあげた。
比較的日常的な事柄ではあるが、今日はまたいつにも増して苛立っているようだ。

しかし、仮にもまだ20代の女性に対して「ババア」とは失敬にも程があるだろう。

「うるさいよギアッチョ。なまえさん、もしくはお姉さまと呼べ」

「誰が呼ぶかッ!…んなくだらねぇこたぁどうだっていい!テメー…なんでギャングだっつーことを隠してやがった?!」

まぁ、概ね予想どおり。
PCから、喧しく足音を立ててわたしの近くまで来たギアッチョへ視線を移す。

「…ハァ…。あのねぇ、わたしはお前を拾う前からギャングだったんだよ。それを自己紹介の時にでもわざわざ言ったりするかい?よりにもよってギャングだなんてさ」

「隠してたっつーのは否定しねーわけかよ」

「まぁ、公表はしていないね。…しかしだ。口調を荒げたいのはわたしの方だぞ、ギアッチョ」

「…なんだよ」

「わたしがギャングだと知ったということは、当然お前はわたしの役割も聞いているよね。…さっき、正式に組織の構成員としてお前を組み込むよう依頼がきたよ」

「…、」

PCの画面をギアッチョの方へ向けてやる。
そこには、顔や氏名、配属チーム名など、諸々の情報が記されている。

もちろん機密情報にあたるわけだが、本人の情報を本人に見せているのだ。
別段問題はないだろう。

「しかも、よりにもよって暗殺チームときている。リゾットは成り行きやその場の感情なんかで流されるような男じゃあない。堅実なヤツだ。その辺の経緯を1から10まで聞くつもりはないが、これだけは答えろ。…何故、ギャングになった」

彼の方も、わたしからのこの言葉は概ね予想どおりだったのだろう。
舌打ちでもかましそうな顔をしている。

「わたしはね、ギアッチョ。お前を最初に見た時、『この小僧をこのままにしておけば、いずれムショ行きか、どこぞの組織に消されるだろう』と思ったよ。けれどもし、わたしが手を差し伸べることで少しでも選択肢が増えるのなら…そう考えたんだ」

本当に手負いの獣のようだった。何でも壊し、何にでも噛みつく。
今も物に当たり散らすことはしょっちゅうだが、当初に比べればそれでも随分マシになった。
ギアッチョは頭が良く、判断力もある。
感情をもう少しコントロールできるようになりさえすれば、彼は一般的な職に就き、平穏な日々を送ることができるだろうと、わたしは期待していた。

その矢先に、これだ。

先ほど、「口調を荒げたいのはわたしの方だ」と彼に言ったが、正直怒りよりも落胆の方が大きい。

「…あんたと同じだよ」

「同じ…?」

思ったよりも随分と落ち着いた、低く、静かな声だった。

「オレもあんたと同じことを考えてた。どう転んでもロクな人生にゃならねーってな。…どうもあんたはオレを一般社会っつーもんに馴染ませたかったらしいが…それでもオレの考えは変わってねぇ。性格と同じだ。そう簡単に、人間変わるもんじゃねーんだよ」

「変わることはできなくとも、コントロールはできるんじゃあないのか?お前は…最初から自分には無理だと決めつけているんじゃあないのか…」

「かもな。…だが、それが“オレ”だ。自分を曲げてまで生きる意味は、オレには分からねぇ」

言葉を紡ぐギアッチョの顔をじっと見つめる。
開き直っている、と一言で片付けられるような感情ではないことは、そこから充分に察せられた。
こいつはこいつなりに、多分色々悩んだのだろう。

「…嘘っぽく聞こえるかもしれねぇが、オレだってあんたに恩を感じてないわけじゃあねーんだぜ」

「ふ…っ、お前はそういう嘘をつくようなやつじゃないことくらい、解ってるさ」

苦虫を盛大に噛みつぶしたようなカオ。
思わず小さく笑ってしまう。

一般社会には馴染めない。
自分もそうそう変えられるものじゃあない。
そして、初めて聞いた…わたしへの感謝。

それで辿り着いた先がギャング、だなんて。
最初から色んな意味でぶっ飛んだやつだとは思っていたけどね。

まぁ確かに、曲者揃いのあのチームなら、逆にこのぶっ飛んだこいつが馴染めるのかもしれない。

自分を殺さず、素のままのこいつを…。

「あーあ、ついにあの小僧が自立するまでになったのか。感慨深いねぇ」

「ああ?!なんだ、気色悪ィ…!」

「ギアッチョ」

ちょいちょいと指で招けば、ギアッチョは一瞬躊躇しながらもわたしとの短い距離をまた少し短くした。

「あのチームは個性的な連中ばかりだからな。…呑まれるんじゃないよ」

立ち上がり、わたしよりも背の高いその強い癖の髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。

「…おう」

わたしの行動に面食らったのか、いつもの攻撃的な反応は見られなかった。

わたしの選択は正しかったのか。
彼の選択は正しかったのか。

そんなものは分からない。

それでも、生きられる、活かされる場所がある。
それは、それだけでも尊いものなのではないだろうか。

あとは、選んだ道を突き進むだけだ。

「ようこそ、パッショーネへ」



end
せめて、悔いのないように。




- 57/67 -

前ページ/次ページ


一覧へ

トップページへ