典明くんを押し倒す


◇3部といいつつ数年後。生存院。


ある晴れた月曜日。
わたしは月曜日の恒例として、仕事帰りにコンビニへ寄る。
目的は、毎週月曜発売の少年漫画雑誌を買うためだ。

え?いい歳して少年誌を読むのかって?
わたしは少年のように純粋な心を持っているからいいのだよ。
ていうか、漫画に大人も子供も関係ない!

意気揚々と漫画雑誌を手に取り、そのまま飲み物でも買って会計にレッツゴー!…と思っていたのだけれど。

わたしは、いつもはほとんど見ることのない、女性雑誌の表紙に書かれたとある煽り文句が目に入り、その足を止めた。

『マグロ卒業?!彼を飽きさせないためのテク!』

「…マグロ?」

マグロ…おいしいよね、鮪。
でも卒業ってなんだろう。テク…っていうのは料理の腕ってことかな?
魚料理特集…的な??

その何処か不思議な煽り文句に少しの引っ掛かりを感じながらも、彼…典明くんに喜んでもらえるかもしれない。そう思い、わたしはその女性雑誌も一緒に購入したのだった。

そして、わたしは“マグロ”が示す意味を知り…列挙される“テク”なるものに衝撃を受けることとなる。


―…週末。


「なまえ、どうかしたかい?」

「えっ!?ううん、なんでもないよ!うん、全然なにもない!!」

うあああ…どうしよう、せっかく遊びに来てくれたのに、典明くんの顔がまともに見れない…!

雑誌を買った翌日、例の衝撃記事を読んでしまったわたし。
(あ、当日は漫画の方を優先しました。)

“マグロ”とは、まさにわたしのことだった。
そして、それじゃあ彼氏はいずれ飽きてしまうゾ!ということが、男性の心理描写を踏まえてつらつら。
それから、その…えっち、の時に…どういうことをすれば男性が悦ぶのか、気持ちいいのかがつらつらつら…。

ダメだっ!思い出しただけで頭沸きそう!!
今はその当人が隣にいるから余計ヤバい!

ていうか、こんなこと考えてるなんていやらしいヤツって思われるじゃないか!

「…やっぱり、体調が悪いんじゃあないか?顔も赤いし…」

「そ、そんなことないよ!?今なら典明くんをお姫様抱っこできるんじゃあないかってくらい元気!」

「それは元気とかそういう次元じゃあないような…」

「あ、あははは、だよね〜…」

なにを言ってるんだわたしは。

自分のズレた誤魔化し術に若干泣きたくなりながらも、それでも心配そうに曇っていた典明くんの表情が柔らかく笑ってくれたことに安堵する。

やっぱり、大好きだなぁ。

…飽きちゃうのかな、典明くんも…。

ふ、と。頭を過る。
典明くんが、わたしに飽きてしまったら。
他の女性に取られてしまうんだろうか。わたしは、捨てられてしまうんだろうか。

わたしがいつまでも“マグロ”のままじゃあ…いつか。

「…典明くん、さ」

「なに?」

「えぇぇぇえいっ!!」

「ぅわっ!?」

わたしの中で、決定的な何かが切れた。
肉体的ななんかしらではなくて、精神的ななにか。

わたしは立ち上がり、そのまま彼をソファへと押し倒す。
半ばタックルに近い力技だけど、できるだけ彼の身体に負担がかからないようにしたつもりだ。
いくら今は元気とはいえ、やっぱり…ね。

「えっと…これは、どういう状況かな…?」

「ふふふふ、今日は寝かさないよ、典明くん」

「ちょ、ちょっと…なまえ、どうしたの…本当に」

困惑顔の典明くんの上に跨り、そっとメガネを外す。
ヤバい。さっきと別の意味でヤバい。
なんか変なテンションになってきたぞわたし。
今ならヤれる…いやいや、やれる、気がする。

ぷちぷちと服のボタンを外していく。
彼が本気で抵抗したら、わたしの動きなんかすぐに止められてしまうだろう。
でもとりあえず今のところ、典明くんは困惑こそしているが…成り行きを見ているようだ。

嫌じゃあないって、ことでいいんだよね。…多分。

服のボタンを外し終えたところで、ちらりと彼の顔を覗き見る。

…とりあえず、拒絶はされてないみたいだ。
なんかうっすら笑ってるもの。

…さて、そんなことより。

「(この後、どうしたらいいんだっけ…)」

典明くんの細いけど逞しい上半身を露わにしたはいいけれど、これからどうしたらいいんだ?!

さっきまでの勢いは何処へ旅立ってしまったやら。
やれやれだぜ。とか思ってる場合じゃあない。

とりあえず、典明くんがしてくれるみたいにしてみよう。
イメージしろ!

…うん、情事のこと思い返すのってすごく恥ずかしいね。

「花京院さん、質問です」

「なんでしょう?みょうじさん」

「…男性っておっぱい触られたら気持ちいい?」

「……どう、かな。そうそう触ることも触られることもないからね…」

「ですよねー…」

わたしの質問にちょっと顔を赤くしながらも答えてくれる典明くん。
ほんと律儀だな、この人。ちくしょう大好き!

しかしまぁ、結局本人にも分からないのだから、やってみなければ分からない。
わたしは典明くんのお腹を撫でながら意を決する。

恐る恐る、男性にもわたしたちと同じようについているそれをを舐めてみる。

びくっ、と典明くんの身体が揺れた。

「ろう?」

「ん…、なんか、くすぐったい、かな」

「むぅ…」

まだ柔らかいそこを、周りから円を描くように舌先で舐める。
少しでも気持ちよくなってくれればなぁ、と思いながら、ゆっくり、柔らかく。

…なんか、わたしの方が変な気分になってきた。
いかんいかん。
今日は典明くんをひーひー言わせてやるんだから!
…うわ、なんかオヤジくさい。

片方を執拗に舐めまわしたりちょっと吸い付いてみたりしながら、手でもう片方を撫でてみたり、お腹を撫でてみたり。
わたしってもしかしてお腹フェチ?

そんなことを考えている間に、いつの間にか典明くんの胸のそれが固くなっていることに気づいた。

「!」

ばっと典明くんの顔を見上げる。
すると、典明くんは自分の腕で口元を押さえて、真っ赤な顔で顔を背けていた。

これは!!
わたしにもし犬とかの耳があったら、多分、今びーんと立っただろう。

典明くんはいつも優しくて、冷静で、何処か余裕を感じさせる人。
その彼のこんなかわいい顔を見られるなんて。

わたしはとにかく嬉しかった。

「ふふふっ、典明くんかわいい」

「…それ、あんまり嬉しくないよ」

「えー、褒めてるのに」

「あのさぁなまえ…」

「ん?」

ちょっとむすっとした表情になっているけれど、その顔は真っ赤。
かわいいよ典明くんはぁはぁ。
…うわ、なんか変態くさい。

嬉しさのせいでテンションが完全におかしな方向に彷徨っているわたし。
そんなわたしの片手を、典明くんが掴む。

やべ、怒られる?ちょっと意地悪だったかな。

若干焦るが、掴まれた手はそのままするすると下の方へ移動させられていく。
胸から外れて、お腹を通って、腰を通り過ぎて…。

「…おちんちん、触ってないのに…」

男性特有の、ふくらみ。
そっと手を置いているだけでも、そこが主張していることが分かる。

「好きな子が自分の上であんな風にしてたら、男はこうなるに決まってるだろ」

「へ、へぇ…」

まだちょっとふにふにした感触のそこに、わたしの手が触れている。
いくら布越しだからって、いつまでも触っていていい場所じゃあない。

ていうか恥ずかしい。恥ずか死ぬ。

でも、典明くんは相変わらずむすっとした真っ赤な顔のままで、わたしの手を放してくれない。

指一本動かせないのですが。

「あ、あの…典明くん、」

手を放して頂けませんでしょうか。
そう懇願しようとした時、不意に彼の手が放れた。

しかし、よかった、なんて思ってる間もなく、わたしの視界はぐるりと180度回転。

いま、一瞬ふわっとして怖かった。

でも、頭はしっかり典明くんが支えてくれていて、ソファにめり込む事はなかった。

「さぁ、お返しの時間だよ、ベイビー」

うわぁー、いい声だな−。

わたしは現実逃避めいたことを思い、それからは余計なことを考えられなくなった。



end




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