千歳くんと部活帰り


わたしの左にはあなたがいて、あなたの右にはわたしがいる。

「なまえ、それで最後?」

「あ、千歳くん。お疲れ様。これで最後だよ」

「なまえもお疲れさん。もう他んみんなは帰ったけん、俺らが最後ばい」

「わかった。じゃあ鍵閉めて帰ろう」

みんなが部室で着替えてる間、外の水道でドリンクボトルを洗う。
これがわたしの…マネージャーの最後のお仕事だ。

これを片付けて、まだ残ってる人がいたら部室の鍵を渡して、いなければわたしが鍵を閉めて帰る。

きゅっ。

最後のボトルを洗い終え、蛇口を締める。

水をきって持ち運び用のダンボールに入れると、何気なく千歳くんが持ってくれた。

「ありがとう」

千歳くんはよくこんな風に、何気なくわたしを手伝ってくれちゃったりする。
最初は、わたしの仕事だからと抗議したものだけれど…その度に「俺が好きでやっとることやけんね。気にすることなか」…なんて、妙に大人びた笑顔で言われて。いつしかごめん、じゃなくてありがとう。って言うようになっていた。
ちなみにわたしはそれを『千歳マジック』と呼んでいる。

いつものように千歳くんの右側に並んで歩き、部室に戻る。

ボトルを所定場所に置いて。カバンにノートとペンをしまって。部室の鍵を閉める。

わたしの持っている鍵はスペアで、職員室に元の鍵があるから、特に職員室へ返しに行く手間がないのは楽だ。

がちゃり。

鍵を閉めて、しっかり施錠が出来たことを確認する。

「お待たせ」

「ん。ほんなら帰ろうかいね」

「うん」

千歳くんとは家の方向が同じだからっていうこともあって、よくこうして一緒に帰ることが多い。

千歳くんはわたしの歩調に合わせてゆっくりと歩いてくれる。

「あ、」

とんっ。

「…っと。すまん、なまえ」

「ううん、大丈夫」

正面から来た自転車を軽く避けた千歳くん。やっぱり上手く距離感が掴めないようで、わたしの身体に触れる程度にぶつかった。

千歳くんは少し慌てて、すぐに身体を離す。

わたしが千歳くんの右側を歩く理由。それはわたしが少しでも彼の右目になれるように。なんていうのは大袈裟かもしれないけれど、死角になる右側にわたしが居れば、ちょっとでも危険を回避できることがあるかもしれないと思うから。

いつも何かと助けてくれる千歳くん。そんな彼の役に、少しでも立てたらいい。

「…いつもすまんね、なまえ」

「わたしはなんにもしてないよ。千歳くんと一緒に帰ってるだけじゃない」

そう。わたしは千歳くんと一緒に帰りたかっただけ。だから千歳くんがそんな申し訳なさそうなかおする必要なんてない。

「…ん。ありがとう」

千歳くんは言外に込めたわたしの気持ちを察してくれたようで、はにかむような笑みでそう言った。

わたしは不覚にもその笑顔に見惚れてしまって、不覚にも顔が赤くなってしまったのだけれど。果たして千歳くんには見えているだろうか。

いや、例え見えていなくても、すっ、と握られた手から全てが伝わってしまうような気がする。



end




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