典明くんに餌付けされる


◇平和な高校生ライフ。


「おーなーかーすーいーた〜…!」

午前最後の授業を目前にした休み時間、ひとつ前の席に座るなまえは机に突っ伏して唸っていた。

ちなみに、突っ伏している机は彼女のものではなく、僕の机だ。

「こら、なまえ。次の授業の準備をしなくていいのか?」

「典明くんってあれだよね、恰好は不良のくせして真面目だよねぇ…」

「…そういうキミは案外適当な奴だよな」

「“案外”なんだ。へへっ」

「褒めてるわけじゃあないんだが…ほら、これをやるからあと一時間頑張れ」

「え、なになに?」

机の横に引っ掛けている鞄から、飴の包を2つ取り出す。
なまえは、まるで弾かれるように突っ伏していた上体を起こし、期待の眼差しで僕をじっと見てくる。

思わず、犬が餌を待つ姿を連想してしまい、僕はこっそり笑った。

「チェリー味の飴なんだ。珍しかったからつい買ってしまったよ」

「確かに、チェリー味ってあんまり見ないかも。わー、ありがとう!今度なにかお返しするからね!」

「いいよ、別に。バレないように食べるんだぞ」

「だいじょーぶ!ノート取る時以外もごもごしなきゃほぼバレないから」

「本当に、キミって結構適当だよな」

1つめの包を早速開けて、薄い赤色の飴を口へ放り込み、にやりと笑う彼女に僕は苦笑する。
ほんのりとチェリーの甘い香りが一瞬漂って、そのうち広い教室の空気に紛れてわからなくなった。


多分それが、僕がなまえにお菓子をあげた最初だと思う。


それから僕は、出先でお菓子を見かける度、「ああ、これはなまえが好きそうだな」とか、「なまえはこういうのも好きなんだろうか」とか。
何故だかそんなことを思い、立ち止まっては手にとって、購入したそれを学校の鞄に忍ばせるようになっていた。

それまでは、学校に菓子類を持って行くことはほとんどなかった。
もともと間食をする方ではなかったし、教師に見つかっても面倒だったから。

それが、今じゃあ一週間に一度くらいは何かしら忍ばせて持っている。
しかもそれは自分が食べることはついでで、目の前の席に座る彼女…なまえに与えることが本命だっていうんだから、まったくおかしな話さ。


「最近、なんだか典明くんに餌付けされているような気がする」

指先へ僅かに付着したチョコレートをティッシュで拭いながら、なまえは言った。

「餌付けって…そんな風に思うってことは、少しは懐いてくれているのかな、なまえは」

「んー、どうだろ。もともと懐いてるからわかんないや」

「なんだよ、その『いいこと言った』みたいな顔。ふふ、口の端にチョコ付けて…まったく、キミってやつは」

「ん、」

手を伸ばし、ティッシュでなまえの唇の端っこを拭ってやる。
なまえは少しバツの悪そうな顔をした。
一瞬前は得意げな顔だったのに、まったく面白い子だ。

「でもさ、よく4限目前とかこうしてお菓子一緒に食べるようになったけど、実際典明くんはあんまり食べないよね?いつもわたしにばっかり勧めてくれてる気がする」

なまえのその核心を突いた言葉に、しまったな、と思った。
いや、別に何かやましいことがあるわけじゃあないんだが。

自分で用意したものも、なまえが持ってきたものも。別に嫌いだったわけじゃない。
ただ、何と言うか…彼女が美味しそうに食べている姿を見るのが好きで、つい、あからさまになってしまっていたらしい。

さて、ここは何と切り返すべきか…。

「…そう、かな。短い休み時間にできるだけ長く話していたいから、かも…しれない…」

僕はいったい何を口走っているんだ。
言葉の途中で、ようやく自分の発している言葉の意味を考えた。

そして、頭は混乱しているけれど、顔にかぁっと熱が急速に集まってくるのだけははっきりとわかった。

言葉が尻すぼみしてしまったせいもあるだろう。
なんだか気まずい雰囲気になってしまった。

時間にすればほんの数秒にも満たないほどの沈黙。
けれどもぐるぐると思考を巡らせている僕にとっては、とても長く感じられているのだ。

何か。何か言わなくては。
それか、できれば彼女が笑い飛ばしてくれたなら…。

机を挟んで正面。なまえの方へ視線を向ければ…彼女は、見るからに驚いた表情で、僕の方をじっと見ていた。

その頬はほんのりと赤く、そんな彼女を見てしまった僕は…顔どころか全身が熱くなり、心臓がバクバクと脈打っている事実を。その意味を…。
どうやら完全に無視できない状態になってしまった。と、心の何処かではわかっていたひとつの感情と向き合う覚悟を、ようやく固めることができた。

4限目のチャイムが鳴り、生徒たちは慌ただしく各自の席へ戻っていく。

そんなざわめきの中で、驚くほど僕の心中は穏やかだった。


end

『花京院がお菓子で餌付けする話』とのリクエスト。

餌付けっていうか、いっぱい食べるキミが好き、みたいな感じになってしまったような気もしますが…。
花京院は無意識に世話を焼くタイプなんではないかと妄想しています。

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
ありがとうございました!




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