ジョナサンも嫉妬する
僕は、ジョナサン・ジョースター。
ヒュー・ハドソン校に通う大学生だ。
「おはよう、ジョナサン。隣、いいかな?」
「おはよう、なまえ。もちろんさ!どうぞ」
「ありがとう」
笑顔でそう言って僕の隣へ腰かけたのは、この学校で知り合った女性。
彼女…なまえとはいくつかの授業が同じで、そういえば最初に言葉を交わしたのも、確か今みたいなやり取りだった。
ただ、その時は立場が逆だったけれど。
声をかけたのが僕みたいな、周りの学生よりも身体が大きいやつだったから、最初はなまえも驚いた顔をしていたっけ。
けれど、すぐに笑顔で頷いてくれた。
その日はほんの少しのやり取りだったけれど、その後何回か授業で顔を合わせるうちに、他愛ない話や授業内容の話なんかをするようになって、時にはラグビーの試合も応援に来てくれるようになった。
僕にとって、とても大事な学友だ。
…いいや、それだけじゃあない。彼女のことを異性として意識していることを、僕自身自覚している。
こうして隣に並んで授業を受けている。
それだけでも僕は、ふわふわとした幸せな気持ちになるんだ。
大事な授業だからしっかり聞かなくちゃあいけないとわかっていても、つい時々彼女のことを見てしまう。
本当なら、授業以外でももっと近くにいたいと思う。
けれど彼女の周りには友達がたくさんいて、なかなか二人でいられる時間というのは少ない。
ああ、でも…今日はせっかくこんなに近くにいるんだ。
この授業が終わったら、お昼に誘ってみよう。
急のことだから断られてしまうかもしれないけれど、後日の約束でもいいからできたら嬉しいな。
大変興味深い教授の講義とは別の、ワクワクとした気持ちを抱えながら、僕は紙にペンを走らせる。
「お昼、誘ってくれてありがとう」
「こちらこそ、急だったのにオーケーしてくれてありがとう!」
授業が終わってすぐ、僕は勇気を出してなまえをお昼に誘った。
すると、なまえは悩むこともなくすんなりと頷いてくれて、僕は勇気を出して本当に良かったと思った。
学内のテラスに向い合せで座ると、当たり前だけれど正面から彼女を見ることができて。
とても嬉しくて、でもなんだか照れ臭くて。変に緊張してしまう。
「ふふ、人気者のジョナサンに誘われて断る人は少ないと思うよ」
「人気者?それを言うならなまえさ。キミの周りにはいつもたくさんの人がいるだろう?」
「うーん、比べものにならないと思うんだけど…ジョナサンって実は天然さんなのね」
「…?」
『天然さん』というのが果たしていい意味なのか悪い意味なのかはいまいちよく分からなかったけれど、くすくすと笑うなまえがかわいらしくて、多分悪い意味ではないんだろうな、と判断した。
「でも、ジョナサンとゆっくり話してみたいと思っていたから、誘ってもらえて本当に嬉しい。二人でこんな風におしゃべりする機会がなかったから」
「本当かい?僕もなまえと…その、ゆっくり話をしてみたいと思っていたんだ!よかったぁ」
まさか彼女も同じことを考えていただなんて!
なまえのたった一言で僕の中の緊張は一気に解れて、それからの会話も流れるように続いた。
昼過ぎのテラスは人がたくさんでとても賑やかだけれど、僕となまえの間の時間はゆっくり流れているように感じる。
…そんな中、少し遠くから、彼女の名前が聞こえた気がした。
「ああ、やっぱなまえだ。やっと見つけた!探したんだぜ」
空耳だろうか、と辺りに視線を巡らせていると、一人の男子学生が速足で僕たちの席までやって来た。
なまえは若干息を切らしている彼に小首を傾げ、「ごめんね、ジョナサン。ちょっとだけ待っててね」と言って席を立ちあがり、二言三言の会話をして鞄から取り出した紙の束を渡した。
「邪魔して悪かったな」
彼は僕の方を見てそう言い、来た時と同じように速足で何処かへ行ってしまった。
「ごめんね。…彼、高校から一緒なんだけれど、昔っから慌ただしい人でね」
「ああ、それで…。随分、仲が良さそうだと思ったよ」
どろり。
自分の発した言葉だし、実際にそう思ったことなのに…何故だか嫌な気持ちが胸の奥から溢れ出てくるみたいだった。
黒く、重く…ねっとりとしたような、そんな醜い感情。
「彼は…恋人、だったりするのかな…?」
「まさか!わたし、今は誰ともお付き合いしてないの」
「そう、なんだ」
なまえの答えに安心したのは、ほんのちょっぴりだけだった。
『今は』というほんの一言が、僕の中で引っかかってしまって…。
以前はいったいどんな人と付き合っていたのか。
さっきの彼はどうやら違ったみたいだけれど、彼女の周りにはたくさんの人がいるから、もしかしたらその中にいたりはしないだろうか。
そういえば、先月ラグビーの試合を観に来てくれた時、後輩の選手と知り合いみたいだった。
…ああ、嫌だ。ダメだ、こんな感情を抱くのは。
言葉どおり見ず知らずの人のことを考えて、いったい何になるっていうんだ。
頭では分かっているのに、ドロドロとした感情が溢れて止まらない。
「…ジョナサン、どうかした?もしかして、さっきの彼と仲が悪かったりする…?」
「あ…っ、ごめんよ、そうじゃあないんだ…!ただ…なんと言ったらいいんだろう、キミが彼ととても親しそうに話していたのが羨ましかった、というか…」
黙り込んで、恐らく酷い顔をしていたのだろう僕に、なまえは心配そうな表情で問いかけてきた。
その声は少し潜められていて、僕にも周りにも気を遣っているのだと分かる。
そんななまえに対して申し訳なく思う気持ちと、自分の醜い感情を悟られたくないという焦りが邪魔をして、うまく言葉が出て来ない。
「それは…彼に嫉妬した、ってこと…?」
「嫉妬…、」
かぁっと顔が赤くなった。
それは目の前のなまえだけじゃあなく…多分、僕も同じだ。
顔へ一気に熱が集まっていくのを感じた。
「な、なんてね!ごめん、変な事言っちゃった…!」
彼女は僅かな沈黙に耐えられなかったのだろう。
僕が、自分の抱いていた感情を他ならぬなまえに言い当てられたことの恥ずかしさで今度こそ言葉も出なくなっていると、なまえは無理矢理に明るく笑ってみせた。
さっきの言葉は気にしないでほしい、と。冗談だった、と。
そんな言葉で流されてしまいそうな…そんな気がした。
…でも、今ここではぐらかしたり、曖昧にしたりしちゃいけない。
そう思った僕は、焦りながらもなんとか言葉を選んで、なまえよりも先に自分の気持ちを声に出した。
「いいや、確かに僕は彼に嫉妬したんだ。僕が知らないなまえの一面を彼はたくさん知っていることが羨ましくて、よくないことだと分かっていても…妬ましいと、思ってしまった」
今伝えることができる精一杯の想いを乗せた、精一杯の言葉。
ほんの一部でいいから、伝わってほしい。
真っ直ぐな気持ちであることを分かってほしくて、僕はなまえを真っ直ぐに見つめる。
何かを言いかけたのだろう薄く開いた唇と、ぱっちりと見開かれた目。
ああ、最初も驚いた表情をしていたけれど、あの時とは全然違う。
僕が見た新しいなまえの表情だ。
「…わ、わたしも…ジョナサンのこと、もっと、たくさん知りたい。もっと、近くにいられたら嬉しい…っ」
絞り出すようにして紡いでくれた言葉。なまえの想いが籠った、精一杯の言葉。
「嬉しいよ…!僕も、なまえに僕のことをもっと知ってもらいたい。なまえ、これからはもっとたくさん一緒に過ごして、いろいろな話をしよう!」
「うん…!」
僕は彼女を抱きしめたい衝動を必死に堪え、それでも我慢しきれずにその小さな手を握った。
握った手はやんわりと握り返され、頷いてくれたなまえの表情もまた、ふにゃりとした、はにかむような笑顔。
テラスは人がたくさんで、相変わらず賑やかだ。
この大切な一ページを知っているのは、僕となまえの二人だけ。
ここからたくさんの大切なページを、二人で紡いでいけたらいいな。
end
『ジョナサンの嫉妬』とのリクエスト。
平和な感じにしようとした結果、ディオもそこそこ大人しく(?)していたであろう大学時代を背景に書かせて頂きました。
原作では、学校生活が本当に一部しか描かれていなかったですが、こんな風に普通の青春もあったのではないかと…!
しかしジョナサンが真っ白すぎて、あまり真っ黒感が出せませんでした。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
ありがとうございました!
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