シーザーさんが一目惚れしたのはジョセフの妹さんだった


俺は、とんでもない女性に一目惚れをしてしまったらしい。

とんでもないといっても、その女性自身に何かあるわけじゃあない。
彼女はとても清楚で可愛らしく、ふわりとした暖かな春のそよ風のような…そんな女性だ。

…目の前の、大柄で適当でふざけた性格のヤローとは決して。決して似ても似つかない。

「JOJO、悪い冗談はよせ」

「あァん?!ジョーダンだァ〜!?正真正銘、なまえはおれの妹だっつーの!よく見ろこの顔をッ!」

「お兄ちゃん、耳元で大きな声出さないで…」

JOJOは彼女の名を馴れ馴れしく呼び捨てにし、あまつさえその細い肩に腕を回して顔を並べるように引き寄せて見せた。
しかしいくら並べられても似ているところを探す方が困難だ。
強いて挙げるなら瞳の色くらいだろう。

だが…彼女の口から確かに発せられた。『お兄ちゃん』…と。

「シーザーさん、兄のお友達だったんですね。兄がいつもお世話になっております」

俺の心を射止めたはにかむようなその笑顔で、今度はまるっきり別の意味でトドメを刺されてしまった。

なまえ・ジョースター。
一目惚れからほんの少しずつ距離を縮め始めた俺にとって、彼女のことをまた一つ知れたことは大きな喜びになるはずだった。
しかしなんということだろう。
その愛しい名前を思い浮かべる度、同時に腐れ縁の男が脳裏に浮かぶ。

まさかこんな愛の試練があろうとは。

溜息ひとつでは吹っ切ることのできない複雑な気持ちがぐるぐると渦を巻く。
そんな胸中であっても、それでも。
彼女のことを考えると愛しくて堪らない。俺の想いを、どうか受けとめてほしい。
そんな熱い灯火は、揺らぐことなく俺の中で灯り続けている。



JOJOが兄だったことは、何も障害ばかりじゃあない。

「あ、シーザーさん!いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」

「やぁ、なまえちゃん。僕はいつもキミの笑顔で元気を貰っているんだ。こちらこそ、いつもありがとう」

「シーザーさんったら、もう…からかわないでください」

断じてからかっているわけではなく、紛れもない本心なんだが…しかし、苦笑しながらも頬を赤らめるなまえちゃんの反応があまりにも可愛らしく、思わず顔がにやけてしまう。こんな顔じゃあ、からかっていないといくら言っても信じてもらえないだろう。

以前までは、こちらから話しを振らない限り俺と彼女の会話は“客”と“店員”が交わすテンプレートのみ。
このカフェで働くなまえちゃんからしてみれば当たり前のことであったし、普通の客ならそれで事足りる。
だから、こんな風に彼女から話しかけてくれるようになったこと。戸惑いはすれど、身構えることなく自然な笑顔を向けて、業務用ではない言葉で話してくれるようになったことは、俺が兄…JOJOと知り合いだったからこそのこと。
JOJOのおかげで進展した、などとは微塵も思っちゃいないが、しかし実際のところ、その事実が俺と彼女の距離を想定よりも早く縮めたことは認めざるを得ない。

…しかし…。

「すいまっせ〜ん、コーヒーのおかわりお願いしたいんですけどぉ〜」

「お兄ちゃん…注文してくれるのは嬉しいけど、コーヒー飲み過ぎじゃない?しかもアイスばっかり。お腹冷えちゃうよ?」

「おにーちゃんの心配してくれんなら、早く仕事終わらせて帰ろうぜ。もちろん一緒にな」

落ち着いた店内に似つかわしくないおちゃらけた声に、なまえちゃんは俺の席から通路を挟んだ隣の席へ振り返る。
俺も同じ方へ視線を向けると、ガキのようにストローを咥えた男と目が合った。

恋の障害…いや、なまえちゃんの兄だ。

もし目の前の女性がなまえちゃんでなかったなら、「邪魔をするな、JOJO。貴様は道端で缶コーヒーでも飲んでいるのがお似合いだぜ!」…とでも言ってやるのだが…。
舌打ちしそうになるのを堪えて、なまえちゃんにバレないよう睨むだけに留める。
しかしJOJOはそんな俺の視線などどこ吹く風とばかり。俺がなまえちゃんの前で強く出られないのをいいことに、余裕面をしていやがる。

まったく、極力空いている時間を狙って来ているというのに…。

「一人でいるのが寂しいなら、シーザーさんと一緒の席に座ればいいのに」

「いやいやいや、そーいうことじゃねぇんだけど…」

「それじゃあ、アイスコーヒー淹れてくるね。シーザーさんも、ゆっくりしていってください」

空いているといっても、彼女にとっては仕事中。無駄話はそうしていられない。
ただでさえ長くは話していられないというのに、最近はJOJOもこの店に入り浸るようになり、ことあるごとに俺の邪魔をしてくるため、余計に話せる時間が短くなった。

ぺこりと俺に頭を下げて厨房へと去って行く後ろ姿を見送り、俺は堪えていた深い溜息をようやく吐き出すことができた。

「…JOJO、お前相当な暇人だな」

「うるせー。オメーこそ、週何回通ってんだよ、このストーカー!」

「人聞きの悪い言い方をするんじゃあねぇ!俺はもともとここの常連だ」

「けっ、どーせ女が好きそうだから連れて来てたんだろ」

「……最初は、そうだった」

「うわ、認めるのかよ…」

通路を挟んで隣の席。
俺はホットのブラックコーヒーをただ眺めながら。恐らく、JOJOもこちらを見ずに、何処か明後日の方を向いていることだろう。まるで、互いに独り言を喋っているように会話する。

「だが最近は…彼女と出逢ってからは、ただ純粋に彼女と、彼女が淹れてくれたコーヒーが好きで通っている」

「…やっぱストーカーじゃん」

「もういい、なんとでも言え。…とにかく、お前がいくら邪魔してこようと、俺は諦めるつもりはないからな。それだけは覚えとけよ」

少し冷め始めたコーヒーを口へ運ぶ。
苦味と、コーヒー独特の旨みが口に広がり、香りが鼻から抜けていく。

彼女に恋い焦がれる胸を、すっと落ち着けてくれる。
焦ることはない、ゆっくりでいい。そう思える。

「お待たせしました。アイスコーヒーです」

「ん、サンキュー。…そういやぁなまえ、今週末って確か休みだったよな」

「うん、そうだよ」

「ふーん…、じゃあ、どっか出かけねぇ?シーザーちゃんと三人で」

「…は?」

身内といえども丁寧にコーヒーをテーブルに置いたなまえちゃんを横目で見ていると、ふと…俺の名前が出された。

「シーザーさんと三人で?」

「ああ。だいぶ仲良くなったみたいだし。ま、嫌ならおれとデートでもオッケーよん」

「おい、JOJO、俺は…、」

何も言ってないだろうが。
急な展開に慌てて口を挟んでしまった。

俺の方へ振り返ったなまえちゃんはきょとんとした表情をしていたが、すぐにぱぁっと笑顔になり、声を弾ませて、言った。

「お邪魔でなければ是非!シーザーさんともっとお話してみたいと思ってたんです」

…断る理由はもとよりなかったが…そんな眩しい笑顔を向けられてしまったら、JOJOへの文句ひとつも言えなくなってしまう。

「で、どーすんの?シーザーちゃんは」

不敵な笑みを浮かべてこちらを見てくるJOJOの真意が分からない。が、しかし。

「…ああ、もちろん」

これ以外の言葉なんか、思いつくこともなかった。

「わぁ、楽しみにしてます!」

「俺も、楽しみにしているよ。プライベートのキミも、きっとすごく素敵だろうから」

「あれ、シーザーさん…『俺』なんですね」

「え?」

「いえ、いつも『僕』って言ってらしたので」

「あ、ああ、そういえばそうだった、かな」

しまった…。JOJOのせいで調子が狂ってしまった。
好印象となるように、ずっとなまえちゃんに対しては第一人称を『僕』で統一していたというのに…。

「ふふ、なんだか新鮮です。でもかっこいい…です」

「え、なまえちゃん、」

「あ…っ、えぇと、グラス!洗ってこなくちゃいけないので、また!失礼します…っ」

慌てたように元来た道を速足で帰っていくなまえちゃんは、赤い顔をしていた。…ように、見えた。
それは、頬がほんのり赤いとか、そんな程度じゃあなく…。

「じゃ、おれもう帰るわ。会計はよろしくね〜」

「は、おい、ふざけるなスカタンッ!」

ひらりと伝票を俺のテーブルに置いていき、JOJOは立ち止まることも振り返ることもなく去って行った。
しかし、何故だか身体に力が入らなかった俺はJOJOを追うことをせず、浮かせた腰をもう一度深く沈めた。

ようやく静かになった。
…かと思いきや、段々と自分の鼓動が強く、早くなっていき…。
バクバクと、耳のすぐ近くで心臓の音がするようだった。

「…JOJOのヤツ、一体何杯飲んでんだ」

あいつの置いて行った伝票の数字に苦笑が漏れるが、不思議と怒りは湧かなかった。
それどころじゃあなかった。

この恋路はまだまだ長いものになりそうだが、とりあえずは…。

「週末、か」

俺は、もう完全に冷めてしまった残りのコーヒーを、ぐっと喉に流し込んだ。


end

『シーザーが一目惚れした相手がジョセフの妹だった件について』とのリクエスト。

頂いた素敵リクエストの内容が、なんというか半分くらいしか入っていないですね…。
色々考え過ぎて、結局ジョセフが掻き回していっただけという。

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
ありがとうございました!




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