典明くんを甘やかしたい


◇3部といいつつ数年後の生存院さん。


「朝ですよ、典明くん。起きてくださーい」

カーテンを左右に開き、穏やかに眠っている愛しい彼に声をかける。
寝起きの良い彼は僅かに身動ぎ、そしてすぐにうっすらと目を開いた。

「……ん…、あれ…なまえ…?」

「ふふっ、おはよう」

普段キッチリしている人の、こういうぼーっとした顔だとか、喋り方だとか。
そういう部分を見ることができるのは、とても特別な気分。

まだ意識が覚醒しきっていないその表情はかわいらしいとさえ思えるのに、しかし寝起き特有の少し掠れた声は艶っぽく聞こえてしまうのだから厄介だ。

「ああ、うん…おはよう。ごめん、もしかして僕、寝過ごした…?」

「ううん、大丈夫。目覚ましかけてたのとほぼほぼ同じ時間だよ。ほら!」

お休みの日くらいもっとゆっくり眠っていてもいいのに。と、わたしは思うのだけれど、典明くん曰く、生活リズムはあまり崩したくないとのことで。
仕事の日よりかは少しだけ遅めの時間にセットされた目覚まし時計を彼に見せる。
時刻は典明くんが目覚ましをセットした時間を2分過ぎたところ。
既に目覚ましのアラームが解除されているのは、当然わたしの仕業である。

「ああ、本当だ。…って、それならどうしてわざわざなまえが起こしに来てくれたんだい?」

「んー…、せっかく日曜日に休みが取れた時くらい、目覚ましの音で起きなくてもいいんじゃないかなー、というわたしの独断と願望から」

「ははっ、ありがとう。おかげで気持ち良く起きられたよ」

わたしの完全なる個人の意見に、典明くんは一瞬目をぱちりと瞬いて、それからすぐに吹き出すように笑ってくれた。

「良かった、そう言って貰えて。あ、朝ご飯ね、仕上げだけ残してあるの。だからゆっくり来てくれたら丁度あったかいご飯が食べられるよ、多分!」

「了解。なんだったら手伝うよ」

ベッドを降りて軽く伸びをする典明くんは、もう完全に覚醒している様子。
いつもの柔らかい笑顔で、当たり前みたいに優しい言葉をくれる。

本当に、この人は何度わたしを惚れ直させれば気が済むのだろう。
なんて、本人に自覚がないのだから、どちらかといえばわたしの方が何度惚れ直せば気が済むのか、というのが正しいだろうけど。

「ありがとう。でもダメ。今日は典明くんを甘やかす日だから」

「え、甘やかす…?僕を?!」

「うん。久しぶりに一緒の日にお休みになったんだもん。めいっぱい甘やかしてあ・げ・る…なーんてね、あはっ」

ふざけて投げキッスまでして、我ながら恥ずかしいったらない。
すぐに恥ずかしさが込み上げてきたけれど、同時に笑いが零れてしまうのは…多分、わたしがすごく浮かれているからなんだろう。

至って普通の一般企業で働く、基本カレンダーどおりの休日なわたしと、SPW財団の中でも特殊な研究チームで働く、不定期休日な典明くん。

同じ日が休日になって、一日中一緒にいられる。

それだけでわたしは、今にもスキップなんかしてしまいそうなほど浮かれてしまう。

さぁ、彼が着替えて歯を磨いて。それから顔を洗ってリビングへ来るまでに、あったかいご飯を仕上げよう。



久しぶりに日曜日が休みになった。

SPW財団の、幽波紋絡みであろう事件やなんかを調査する特殊チームに属する僕の休日は、かなり変則的だ。
だから、僕の休みとなまえの休みが重なることは少ない。

今回、久しぶりに日曜が休みに決まって、僕は決まったその日に彼女へそれを知らせた。

なまえはすごく嬉しそうに笑って、それからずっと上機嫌だった。
仕事柄、僕は急な出張なんかも多いし、やっぱり寂しい思いをさせてしまっているんだろうな。と、申し訳なく思う。
だからこそ、この貴重な休日は彼女がしたいことをしよう。
…そう思っていたのだけれど。

「典明くんに甘えてほしいかな」

僕と向かい合わせに座り、なまえはにっこりと笑って言った。

起こしに来てくれた時も言っていたけれど、彼女は今日という日を『僕を甘やかす日』として計画していたらしい。

いつだって、僕はなまえに甘やかされているのに。

「甘えると言ってもなぁ…。なまえはいつも僕に甘いじゃあないか」

「え、甘い、かな。でも、そうだとしてもそうじゃなくて!典明くんがしてほしいこととかあったら、遠慮なく言ってほしいんだよ」

「そういうところが甘いんだって」

どうして僕のことを優先しようとするのだろう。
そして、それでいてどうして…こんなに楽しそうに笑っているんだろう。

もっと我儘を言ってもいいのに。
それこそ、もっと甘えてくれていいのに。

「そんなこと言ったら、典明くんだって甘いじゃない。わたしに」

「…え、」

「いつもたくさん頑張って、でもいっつもわたしのことばっかり気遣ってくれるでしょ。典明くんはさ、もっと我儘言ってもいいと思うの」

「…っ」

正直、驚いた。
なまえが口にした想いは、僕が彼女に対して思っていたことと、ほとんど同じだったから。

「…僕は、いったい何回キミを好きになるんだろう…」

「えっ?!」

ちょっと裏返ったような驚きの声を上げた彼女は、いきなり何を言ってるんだろう、と思っているのかもしれない。
しかし、彼女にとっては突然でも、僕はもう何回も同じことを思っている。

「それじゃあなまえ、少し散歩にでも行こうか」

「うん!」

ゆっくり近くにある大きな公園の辺りまで歩こう。
あそこには、なまえが好きな雑貨屋があるから。

自然と手を繋ぎ、踏み出した外は気持ちのいい青空だった。



end

『花京院とイチャイチャする話』とのリクエスト。

イチャイチャするっていうか…もっと、こう、これからだろ…ッ!

これからも遊びに来て頂けたら嬉しいです。
ありがとうございました!




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