ジョルノくんというDIOの息子がやってきた


◇5部といいつつ数年後。


「すみません」

帰路の途中、声をかけられた。
振り返った先にいたのは、眩い金色の髪をした少年…いや、青年、だろうか。

少なくとも知り合いではない。
わたしは周りを見渡したけれど、青年は真っ直ぐにわたしを見ていた。

見るからにエジプト人ではない。かといって、わたしと同じ日本人とも思えない。
観光客だろうか。道にでも迷ったのか。…あるいは…。

夕陽に照らされ一層輝く金色に目を細め思考を巡らせていると、青年は静かに次の言葉を放った。

「みょうじ なまえさん、ですね」

「え、」

何故わたしの名を知っているのだろう?
見開いた目と漏れた声から肯定と察したのだろう彼は、一枚の写真をわたしに見せた。

「この男を知っていますか」

「っ!」

先程、わたしの名前を確認した時と同じ…問いかけのようでいて、彼の口調は単なる確認作業のようだった。答えがYESであることを知っているけれど、敢えて口に出して確認している、というような…。
そんな…淡々とした口調だった。



もしかしたら、殺されるのかもしれない。

写真を見せられた時、わたしの脳裏にそう過った。

「改めて…僕はジョルノ・ジョバァーナです」

わたしの正面に座り、静かで丁寧な口調で名乗る青年は、ジョルノくんというらしい。
一見物腰は柔らかいが、不思議な威圧感がある。
此処は自分の居住スペースだというのに、なんだか居心地が悪い。

「突然すみませんでした。驚いたでしょう」

「ええ、まぁ…」

穏やかに微笑む彼は、きっと突然声をかけたことに対して言っているのだろう。
けれどわたしは、そんなことは最早どうでも良かった。

あの時、ジョルノくんがわたしに見せた写真。
そこに写っていたのは間違いなく、DIOだった。

数年前、母国から遠く離れたこの地でわたしを拾った男。
わたしが唯一愛したヒト。…人間ではなかったけれど…。

DIOを慕う者はわたしだけではなかった。
おかげでわたしも、自分と同じ能力を持つ人たちと出逢えた。

けれど逆に、彼と敵対する者たちもいた。
そして、彼と、彼の協力者たちは…敗北した。

一般的且つ常識的に考えれば、わたしたちが“悪”だということは分かっている。

裁かれるべくして裁かれた。それを解かっているからこそ、DIOの側にいたわたしだっていずれは殺されるかもしれない。
そう思っていた。ついにその時が来たのかもしれない、と思った。


『安心してください。僕はあなたに危害を加えるつもりはありません』


殺されることが怖かったわけじゃない。
行く宛てもなく、DIOがいたこの地を離れたくなくて留まっていたわたしは、むしろこれであのヒトの元へ逝けるとさえ思った。

しかし、このジョルノくんという青年は…あの時幽波紋を通じてわたしへと言ったのだ。

それはその言葉とは裏腹に、「殺そうと思えばいつでも殺せているんだぞ」と、そう言っているように聞こえた。

「この人について教えてほしい、ってことだったけれど…正直、わたしが提示できる情報は少ないよ」

「構いません。僕はこの男がどんな男だったのかを知りたい。それだけなんです」

真っ直ぐにわたしを見つめるその美しい瞳に、一瞬陰が落ちたように見えた。
けれど、殺気…というんだろうか。背筋が凍りつくような。死を想像させるような…。そんな嫌な気配は感じない。

「一言で言うと、『ひどいヒト』だった」

自分の胸がぎゅうっと苦しくなる。
でも、できるだけ客観的に、わたしから見たDIOという男についてを言葉にしていく。

ジョルノくんは黙ってそれを聞いていて、時々小さく頷いていた。

「どうしてあなたは今でもこの男を愛していられるんですか?」

「え…」

一瞬、何を言われたのか解らなかった。
道で声をかけてきた時とは違い、本当に、純粋に質問をしている声と表情のジョルノくん。

わたしはあくまで第三者的な目線で話をしていたから、DIOとの関係性なんて分からないはずなのに…。

「顔を見ていれば判りますよ」

いたずらっぽく笑う顔を見ていられず、思わず慌てて視線を逸らしてしまった。

「わ、わたしを見てくれるヒトはDIOだけだったし、それに…本当に好きになったのなら、忘れられるものじゃないよ。ずっと…」

「…、」

なんだか、まるで子供に答えにくい質問をされたような気分だ。
相手は子供というには大人びているし、今後会うことがあるかも分からない人なのだから、こんなに恥ずかしがることもないだろうけれど…。

「…あなたのような人が母だったら良かったのに」

「ジョルノくん?」

まただ。
瞳に落ちる、陰。

ぼそりと呟かれた声は小さく、聞きとることはできなかった。

「なまえさんにとっては不愉快な情報でしょうが…僕は、この男の息子なんです」

「息子…?!」

わたしとジョルノくんの間にあるテーブル。その上に置かれた件の写真を、とん、とジョルノくんが指で示す。

突然突きつけられた情報に驚いたわたしの声と顔は、随分間抜けなものだったに違いない。

「あなたのような人は、こんな男に縛られているべきじゃあない。早く忘れて、」

「なるほど、納得しちゃった。ふふっ」

「なまえさん…?」

いけない、一人で勝手に納得して、思わず笑ってしまった。
変な奴だと思われてしまっただろうか。

「ああ、ごめんなさい。…最初、道で声をかけられた時にね、キミを見てわたし…DIOの影を重ねてしまって。その髪色のせいだと決めつけていたんだけど…息子なら重ねちゃっても無理ないよね」

慌てて自分の頭の中で考えていたことを説明すると、今度はジョルノくんが、とても驚いた表情を浮かべた。

目をぱっちり開いたその表情は、今までよりほんの少しだけ幼く見える。

「…なまえさんは…僕の存在が疎ましくはないんですか…?」

「え、疎ましいだなんて…どうして急にそんなこと」

「僕は、あなたの愛した男と別の女からできた子供なんですよ!」

びっくりした。
怒鳴られた、というほどではないけれど、ずっと落ち着いた声で話していたジョルノくんが、わたしに対して初めて放った大きめな声。

どうして、この子がこんなに辛そうな表情をしているのだろう。

「…そうだね。まぁ、嫉妬心は、ちょっとある。けれどそれはジョルノくんとはまた別の話だよ」

何が、とは言えないけれど、何故か…「大丈夫だよ」と、彼に言いたくなって。でもやっぱりうまく言葉にできないわたしは、テーブルの上にある彼の固く握られた手に、そっと自分の手を重ねた。

「もし…親を選ぶことができるのなら、僕はあなたを母親に選んだでしょうね」

「えっ、母親って…わたし、流石にまだジョルノくんほど大きな子のいる歳じゃあないよ…?」

「クスッ、そうですね。失礼」

わたしが母親だったら、だなんてことを急に言われ、またしてもわたしは驚いてしまったけれど…でも正直、悪い気はしなかった。

「でも、逆にジョルノくんは不愉快じゃあないの…?ジョルノくんからしたらわたしは、父親の愛人、ってことになるよね…」

「まぁ、確かに…。でも僕は父親のことを知りませんし、母親があなただったらいいとさえ言っているんです。あなたのことを悪く思う気持ちはまったくありませんよ」

「そっか。なら、良かった」

ジョルノくんの笑顔に、思わずこちらまで笑顔になる。
気が付けば、こうしてお互いに笑い合っている。

ジョルノくんを招いた当初からほんの短い時間しか経っていないのに、いつの間にか居心地の悪さも、威圧されているような感覚もなくなっていた。

やはりDIOと同じく、カリスマ性がある、ということなのだろうか。

「それこそ、ジョルノくんのお母さんのことは何も知らないけれど、もし…何か辛いことがあったり、わたしでも力になれることがあるのならいつでも相談して。ほら、里親?っていうのかな。うぅん、ちょっと違うか…」

彼の様子からして、実母とはうまくいっていないように窺える。もしかしたら、もうこの世にいないのかもしれない。
独りが辛いのは、わたしも痛いほど知っている。
だから、些細でも心の支えになってあげられたら…。

その想いのままに口を突いて出た言葉は、社交辞令に聞こえるような安っぽいもの。

でも、でもね…。

「ありがとう、嬉しいです。…マードレ」

「…っ!」

なんて、きれいな顔で笑うんだろう。
一瞬泣いているように見えたのに、やっぱりそれは紛れもない笑顔。
まるで絵画のように、美しく、何処か切なくなる。

マードレ…確か、イタリアで母のことを呼ぶときに使うものだ。

「ジョルノく、」

「汐華 初流乃です」

「え?」

「僕の本名…日本では、汐華 初流乃と名付けられているんです」

「初流乃くん…」

「はい。なまえさんには是非、そう呼んで頂きたい」

お願いします。と、にっこり笑う彼は少しかわいらしく見えた。

気が付けば、ジョルノくん…いや、初流乃くんの手に重ねていたわたしの手は、逆に彼の両手に包まれていた。

その手は少しひんやりとしていて…DIOの体温と、似ていた。

わたしはまた自分の胸がぎゅうっと苦しくなって、ただただ初流乃くんの“お願い”に頷くことしかできなかった。


end

『ジョルノの母親になる話』とのリクエスト。

今回は、なんだかしっとりした感じに仕上がりました。
いやぁ…ジョルノ様難しいです。
最初は、DIOとジョルノと楽しい家族計画!的なノリで書こうとしていたのですが、そもそもジョルノがああいう性格になるのはあの過去があってこそかな、と思い、敢えて原作ベースの世界観で書かせて頂きました。

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
ありがとうございました!




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