典明くんと卒業式後
◇平和に生存院。タイトルどおり3部本編後。
高校の卒業式というものは、人生において大きな節目である。
が、小学校、中学校のそれとは違い、案外と味気なく、そしてあっけなく淡々と進行してゆく。
親も含めて涙を流す者が少ないのは、社会に出るにしろ進学するにしろ、今までとは大きく異なる分岐点に立っていることを自覚し、過去よりも未来に目を向けているからではないだろうか。
少なくとも、みょうじ なまえはそう考えていた。
自分自身が今、その心境であるからだ。
「花京院 典明」
「はい」
落ち着いていて、且つ凛とした声に弾かれるように、みょうじは次々と名前を呼ばれては立ち上がっていく隣のクラスの席へと視線を向けた。
声に違わず凛とした横顔。何度見惚れたかも分からない。
そんな恋人の横顔に、今は…不安が募る。
進む道が違う。
それは随分前から分かっていたことだ。
…けれど、自分たちの関係はどうなるのか。
彼女はずっと気になっていた。
気になっていて、それでも切り出すことができなかった。
それはまるで、自ら終わりを切り出すようで…。
みょうじにとってはこの上なくこわかったのだ。
そしてついにこの日を迎えてしまった。
離れた位置から見る彼の横顔は…視線は。もう一度自分へと向けられるのだろうか。
滞りなく閉式へと向かって進む卒業式。
みょうじには、刻々と刻まれていくカウントダウンのように感じられた。
卒業式が終われば、後はあっという間だ。
教室に戻り、担任から別れの言葉を聞き。最後のチャイムを聞くや否や、続々と卒業証書を手に校舎の外へ向かう。
親と合流する者、学友たちと余韻に浸る者、部活動などの後輩らに囲まれる者…。
人によって様々だ。
そんな中、みょうじもまた例に漏れず、仲の良いグループの一員として校舎前に足を止めていた。
けれど話の内容は半分も頭に入ってこなくて、つい、校舎から出てくる人や、他のグループへ目がいってしまう。
まだ教室だろうか。早めに教室を出たつもりだったが、もう帰ってしまったのだろうか。
そんなことを何度となく考えていると、ほぼ真後ろから軽く肩を叩かれた。
それと同時に聞こえた、探し人の声。
「なまえ!…良かった、やっと見つけた」
「典明くん…!?ごめん、探してくれてるとは知らずに…、」
振り返ると、いつもどおりの優しい笑顔を自分に向けてくれる花京院と目が合った。
「帰ってしまったんじゃあないかと思って焦ったよ。…すまないがなまえのこと、連れて行ってもいいだろうか?」
みょうじの肩に置いていた手をそのまま自分の方へと軽く引き寄せ、花京院は彼女の周りで話していた面々に向けてにこりと微笑んだ。
客観的に見ればキザな流れでも、あまりに自然に、そして爽やかにやってのけてしまうものだから、
顰蹙を買うどころか皆一様に黄色い声を上げ、二人に手を振って送り出してくれた。
みょうじもまた、皆に見送られ恥ずかしく思いながらも、「こういうのが『様になる』っていうことなんだろうなぁ」と、思わず感心してしまっていたほどだ。
「…ちょっと強引すぎただろうか。キミにも彼女たちにも、申し訳ないことをしてしまった」
手を引かれ学校の敷地外へ出てすぐ、彼女を連れ出した彼は少し歩くスピードを緩めて彼女の隣へと並び、謝罪した。
さっきはあんなにも流れるような言動で自分を連れ出したというのに、困った表情で自分や周囲のことを気に掛ける彼に、みょうじは小さく笑う。
「ううん、大丈夫。みんな連絡先は知ってるから、卒業しちゃっても…話はできるもの」
「…そうか」
みょうじが一瞬言葉を詰まらせたことに花京院は当然気が付いていた。
それでも短い返事だけに留めたのは…彼女の気持ちを分かっているからだ。
そして、その気持ちは自分も同じ。
握っている手に僅かに力を込めながら、花京院は深く息を吸い込んだ。
「ここは…」
「学校近くではあるけれど、平日はほとんど人が来ないんだ。特に昼頃ともなるとね」
花京院に連れられやって来た先には、古い教会が佇んでいた。
辺りは木々に囲まれており、それでいて荒れてはいない。
学校近くにある教会だ。その存在はみょうじも知っていた。
日曜の午前はミサを行うらしく、バラバラと人が出入りするところを何度か目撃している。
しかし、この敷地内に足を踏み入れたことはなかった。
建物は古びているし、お世辞にも大きな教会とは言い難いが、周りに漂う穏やかな空気に包まれて、何処か、異国の絵本の一ページのように見える。
「典明くんはよく来るの?ここ」
「頻繁に、ってわけじゃあないよ。少し考え事をしたい時とか、ごく偶に来るくらいかな」
「そうなんだ。ふふ、なんか似合うかも」
「似合うって…それは褒め言葉として受け取っていいのかい?」
「もちろん!」
日曜以外にも公開されているらしい礼拝堂へ慣れた様子で入って行く花京院に続き、みょうじも扉を潜る。
礼拝堂内はステンドグラスから差し込む光で柔らかく照らされており、独特の雰囲気を作り出している。
みょうじは一度足を止め、ぐるりと室内を見渡す。
そして、少し先を歩いていた花京院がそれに気が付き振り返る姿と室内の雰囲気が妙にマッチしていて、やはり似合っている。とみょうじは一人納得した。
「なまえ」
彼に名前を呼ばれ、手招きをされれば、みょうじがそれを拒むことはない。
一つ頷いて、彼の元へ歩を進める。
「教会自体数えるくらいしか来たことがないけれど、こんなに前の方をじっくり見られたの、初めて…」
本やテレビなどで有名な教会が取り上げられていることはよくあるが、やはり実際に見るのとでは心に響く強さが違う。
それは、この小さな礼拝堂にも言えること。
「それに、こうやって前から礼拝堂全体を見渡すのも、花嫁さんにならなくちゃ見られないと思ってたよ」
最奥まで辿り着いたところで身体を反転させたみょうじの目には、入口から見たのとはまた違った景色が映る。
外観を見た時は小さな教会という印象だったが、花京院とみょうじ、たった二人だけの空間だからだろう。
誰も座っていない会衆席が均等の間隔で整然と並ぶ様は、合わせ鏡のように奥行きの感覚を狂わせる。
みょうじは、まるでどこか異次元にでもいるような不思議な気分だった。
そして、これが…今この時間が、夢なのではないかと錯覚する。
「…驚いたな。いきなり核心を突いてくるなんて」
「え?」
花京院の声に自分の隣へ視線をやれば、彼は少し困ったように笑っていた。
核心、とはなんのことだろう。みょうじは彼の呟いた言葉の意味がわからず首を傾げる。
「なまえ、さっき…学校で僕がキミに声をかけた時、『やっと見つけた』って言ったけれど、あれは嘘なんだ」
「嘘?」
「いや、正確には確かに探していたんだけれど、声をかける結構前にはもう見つけていたんだよ」
「え、そうだったの?!…声、かけてくれたら良かったのに」
「流石に今日は僕ばかりがキミを独占しちゃあいけないと思ったんだ。…まぁ、結局我慢できずに声をかけてしまったんだけれどね」
「全然気にしなくて良かったのに、そんなの。…でも、嬉しかったよ。わたしも典明くんのこと探してたから」
「…どうしても今日、キミとここへ来たかったんだ」
「典明くん…」
みょうじへと片手を伸ばし、彼女の柔らかい髪を撫でて耳に掛ける。
みょうじは驚いた表情を浮かべたが、拒むことはなかった。
「今日でもう学校では会えなくなる。進む道も、違う」
「…うん」
花京院の淡々とした口調に、みょうじは身を硬くした。
しかし頬に添えられた手によって下を向くことはできず、だが彼を直視することもできずに目を伏せる。
「けれどそんなことを理由に、僕はなまえと離れたくない。自然消滅なんて以ての外だ」
「っ、」
「僕にはまだなんの力もないし、キミに渡せるものも何もないけれど、僕は…これから先もずっとなまえの隣にいたい」
見開かれたみょうじの瞳に、自分を真っ直ぐ見つめる花京院の瞳が映る。
脳裏には、卒業式の時に見た彼の横顔と、あの時自分が抱いていた、押しつぶされそうなほどの不安がフラッシュバックする。
そして、ひとつ瞬きをしてもまだ変わらず瞳に映る、彼のきれいな瞳。
みょうじの頬を涙が流れ落ちていった。
「…っご、ごめん、わたし…なんで泣いてるんだろ。嬉しいのに…すごく嬉しいのに…っ、止まんない…ごめん、」
「…なまえ、その『ごめん』は僕に対する応えではないと思っていいんだよね?」
泣き出してしまったみょうじに戸惑いつつも、花京院はなんとか平静を保ち、なるべく優しく彼女へと確認する。
花京院から一歩離れ、両手で顔を覆ってしまった彼女は、それでも…何度も何度も首を横に振ってみせた。
「良かった…」
張り詰めていた息を大きく吐き出し、花京院はみょうじへと両手を伸ばした。
頭と背に腕を回して、そのまま自分のところへ引き寄せる。
ぎゅっと、強く。強く。抱きしめる。
「なまえとこうして並んで、いつか…永遠の愛なんてものを誓える日を迎えたいと思って、願って…今日、ここに来たんだ」
だから、さっきのキミの言葉には驚いたよ。みょうじの頭上から、あやすように優しい声が聞こえてくる。
泣いたことで少しぼんやりとしているみょうじの頭では、『さっき』がいつのことか、いまいち理解できなかった。
けれど、最早彼女にとってそれは些細なことだった。
「…誓える」
「なまえ?」
もう着ることはない制服の袖で涙を拭い、顔を上げる。
「わたしは、…みょうじ なまえは、花京院 典明を愛し、この命ある限り真心を尽くすことを誓います」
涙を流しても冷めることはなかった頬が、更に熱くなる。
みょうじは言葉だけでも恥ずかしくて堪らない気持ちになんとか耐え、背伸びをして彼の唇を奪った。
「…っ、ずるいだろ、それ…」
「ずるくないもん。わたしは、言いたいことを言っただけ」
照れ隠しのつもりなのだろう。
みょうじは悪戯っぽく笑って、花京院に抱きついた。
「それじゃあ、僕も言いたいことを言わせてもらうよ」
古びた教会の、神父も、見届け人も、二人以外は誰もいない礼拝堂。
そこで誓われた言葉は、第三者からすれば何の効力もない口約束だろう。
けれど二人にとっては、これからの人生に関わる重大な誓い。
二人で歩む、未来への誓いだ。
end
『花京院と卒業式後に永遠の愛を誓う』とのリクエスト。(だいぶ端折りました…)
頂いた素敵リクエストの内容が、なんというか活かしきれていない感すごい。
花京院さんは原作の登場時といい、雰囲気にこだわるタイプではと個人的に思っているので、これは前日あたりに再度下見に来ていたりしたら面白いなと妄想しています。
どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
ありがとうございました!
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