ジョルノとパティシエ見習い


◇ブチャラティチームが全員生存している平和な世界。且つ、ジョルノはボスになる以前。
 時間軸など細かいことが気になる方はご注意ください。


「時間外だというのに入れてもらって、感謝するよ」

「いえいえ、ブチャラティさんにはいつも良くして頂いておりますから」

営業時間外のレストランには当然他の客はおらず、忙しなくホールを行き来する給仕もいない。
がらんとしたそこには、ブチャラティと店主の声が静かに聞こえるだけだ。
まさに、貸し切り状態。

依頼された仕事に思いの外手間取ったブチャラティチームがネアポリスに帰還した頃、辺りはもうすっかり日が暮れ、街を歩く人も僅かとなっていた。

どのレストランもホールから漏れる光はなく、確認せずとも営業を終了していることが見てとれた。
しかしメンバーの一部が執拗に空腹を訴えるものだから、リーダーであるブチャラティもどうしたものかとため息をついたところに天の助け。
偶然店の前に出た店主に、こうして入店を許可されたのだった。

店主とブチャラティのやり取りを黙って聞いていた他のメンバーたちは、ブチャラティから「許可してもらえたぞ」の一言を受け、ようやくいつものようにそれぞれ口を開く。

「流石、日頃の行いの賜物だな、ブチャラティ」

「はは、ラッキーだっただけさ」

アバッキオの言葉に誰もがそのとおりだと頷いていたが、当の本人はさらりとかわしてしまう。
しかしそういったところこそが老若男女問わず好かれ、信頼される彼の良いところなのだということもまた、皆分かっていることだった。

「こんな時間だ。簡単で構わないから、適当に出してくれると助かる」

「はい。かしこまりました」

「な−、おっちゃん、ピッツァってない?」

「ナランチャ!親切で入れてもらっているんだから我が儘を言うんじゃあない!」

「いてっ!なんだよ、フーゴ!ないかって聞いただけだろ〜?!」

「大丈夫、ありますよ。マルガリータでよろしければ」

「マジ!?やった!」

先ほどまで静まりかえっていたホールが、一気に賑やかになる。
先に出された紅茶を口へ運びながら、ジョルノは小さく笑った。

彼自身は静かなものであるが、賑やかな食事は嫌いではない。

暫くすると厨房からいい匂いが漂ってきて、元より空腹を訴えていたナランチャやミスタ以外もそわそわと料理が運ばれてくるのを待った。

何人かのコックやスタッフは明日の準備をしているのだろう。
料理は順次運ばれてきて、テーブルの隙間を埋めていく。
そして、料理を運ぶのも給仕担当だけではなく、コックが自らやってくることもあった。

それぞれが皆、ブチャラティに挨拶をしにやって来るのだ。

こういう時でもなければ、店で個人が個人に対して挨拶をする機会はない。
彼らにとっても、いい機会だったのかもしれない。

「みなさん、よろしければひとつ試作の感想を頂けないでしょうか」

「試作?」

ひとしきりテーブルを埋めた皿が空になってきた頃、店主が6人に向けて切り出した。

最後のピッツァを取り合っているミスタとナランチャはまるで聞いていないが、他の4人は店主へと顔を向け、先を促した。

「ええ。今、パティシエの見習いが入っておりまして。まだ一人で作ったものをメニューとして扱ってはいないのですが、是非挨拶を兼ねてお出しさせて頂ければと…いかがでしょう?」

もちろん、お代は頂きません。
そう説明する店主に、特に拒否する理由もない面々は頷き、その申し出を承諾した。

パティシエ見習いということは、何かドルチェが出されるのだろう。
メンバーの中でも甘い物を好むジョルノは、自分の前にある皿からこっそりと食べ物を運んでいくミスタの幽波紋…ピストルズを眺めながら、それだけは死守しようと心に決めた。

それから数分後、カラカラと台車の動く音が聞こえ、目を向ける。

「しっ、失礼いたします…っ!」

皿の乗った台車を運んできたのは、若い女性だった。
単に客の前に出るのが初めてだからか、彼らがギャングだと聞かされているからか。
声はうわずっているし、動きは硬い。見るからに「緊張しています」という風だ。

ひとつお辞儀をして、それぞれの席の前へ小さなデザート皿を置いていく。
その手は小さく震えているようで、一緒に乗せられたスプーンが時折カチカチと皿の上で揺れた。

「おお!ブディーノ!」

ナランチャが声をあげたとおり、彼女が振る舞ったのはブディーノ…日本でいうところのプリンだった。

6人全員の前に皿を並べ終わり、ほんの少し緊張がほぐれたのか、すっと息を吸い込んで口を開く。

「この度は、貴重なお時間を頂き、ありがとうございます。わたしは、なまえ・みょうじと申します。こちらでパティシエの修業をさせて頂いております。お見知りおき頂ければ幸いです」

「なまえ・みょうじ、さん…日本の方、で合っていますか?」

「はい。日本生まれの日本育ちです」

容姿からアジア方面の出身だろうとは思っていたが、ジョルノは彼女の名前を聞き、その響きで彼女が日本人であることを言い当てた。

拙いイタリア語で、それでも必死に、丁寧に受け答える姿は微笑ましい。
そして、日本出身のジョルノにとって、それは親近感を覚えるには充分な情報だった。

「へぇ〜、日本か。おれはあんまり詳しくねぇが、平和な国っつーイメージがあるな。こっちは随分勝手が違うんじゃあねーの?」

「ええ、まぁ…でも、パティシエを目指す者にとって、この国は憧れなんです。なので、ここで修行をさせてもらえることは、本当に光栄なことだと思っています」

ミスタの言葉に一瞬苦笑いを浮かべたなまえだったが、けれどそれは本当に一瞬で。
感謝の気持ちを表すように胸へ手を当て微笑む表情は、とても柔らかいものだった。

初めて見せる彼女の笑顔に、メンバーたちもまた、つられるようにして微笑んだ。

「なまえ・みょうじさん、キミにもこのネアポリスを、そしてこの国を気に入ってもらえるよう、オレたちも尽力するよ。何か困り事があれば相談してくれ」

「は、はい!ありがとうございます…!」

ブチャラティの真っ直ぐな言葉に、なまえは深々と頭を下げた。

そして、空いた皿を空になった台車へ乗せ、再び一礼をして「どうぞ、ごゆっくり」と残して去って行った。

その背中を見送ってから、一同は出されたブディーノへとスプーンを向ける。

イタリアでブディーノはあまり庶民的な食べ物ではなく、こういったレストランなどで食すことが多い。
試作とはいえ、そのブディーノにお代はいらないと言った店主は、相当なお人好しだ。
…まぁ、こんな時間外に店へ招き入れてくれた時点で、それはわかっていたことだが。

「…おいしい」

ジョルノは、自分がその感想を声に出していたことに驚いた。
思わず声が漏れ出ていたのだ。

「形もきれいだし、使ってるのは牛乳じゃあなくて生クリーム、かな」

じっくりと味わいつつ分析をするのは、フーゴらしい楽しみ方だ。
他の面々も、試作品と言われたこのブディーノを気に入っているようだった。

甘く柔らかい糖分が疲れた脳と身体へ染み込んでいくようだと感じているのは、恐らくジョルノだけではないだろう。

「…さて、食事も済んだことだし、あまり長居しても悪い。今日は解散だ」

ブチャラティの言葉を合図にメンバーたちは席を立ち、店の奥にいるスタッフたちへ声をかける。
支払いを済ませ、「うまかったぜ!」「ありがとうございました」などとそれぞれ礼を言って外へ出る。

「あっ」

そこで、店の裏口から出てきたなまえと鉢合わせた。
なまえは私服に着替えており、彼女もまた今帰るところなのだということが分かる。

彼女は店の時と同様にお辞儀をして、街灯がちらほらと灯るだけの薄暗い道を歩いていく。

「彼女、時間も時間ですから、僕が送っていきます。失礼します」

「ああ、気をつけて」

薄暗い道の向こうの闇に呑まれてしまいそうな、そんな小さく頼りない背中を見逃さないうちにと、ジョルノはブチャラティたちへ早口に伝え、なまえの後を追った。

「みょうじさん」

「っ!?…あ、えぇと、先ほどの、」

後ろから声をかけると、名前を呼ばれるだなんて思ってもいなかったからだろう。
なまえはビクリと肩を震わせ、驚いた表情でジョルノの方を振り返った。

「僕はジョルノ・ジョバァーナといいます。もう遅いですから、送りますよ」

「えっ、そんな、申し訳ないです…!」

「僕が送って行きたいんです。送らせてください」

「ぅ、あ…ありがとうございます」

ジョルノは少し強引なやり方だろうか、と頭の端で思いつつも、そのきれいに浮かべた笑顔は有無を言わせない凄味があった。
薄暗い中ということもあり、なまえにはそれが余計に増して見えた。

「先ほどのブディーノ、美味しかったですよ、とても」

二人は、暫く沈黙のまま歩を進めていた。

ジョルノにとってそれは居心地の悪い時間ではなかったが、ちらりとなまえへ視線を向けた時、彼女は困ったような表情を浮かべていた。
だから、自分から何かを切り出そうと思ったのだ。

唐突ではあったものの、それが唯一彼女と違和感なく会話を始められる話題だとジョルノは考えた。
そしてそれは、彼の思惑どおりになる。

「本当ですか…?!嬉しい…ありがとうございます」

「ご馳走してもらったのはこっちです。貴女がお礼を言うのは変だ」

「いえ、わたしはまだまだ一人前じゃあないから、誰かに食べてもらえるだけで嬉しいことなんです。そして、おいしいと言ってもらえることはもっと嬉しい」

だから、やっぱりお礼を言いたいのはわたしの方なんです。
なまえはジョルノに向け、満面の笑みで再度礼を言った。

「…よかった。やっと貴女の笑顔が見られました」

「え?」

「ずっと緊張していたようだったから…いや、警戒、かな」

「わ、わたし失礼な態度だったでしょうか…!?すみません、お客様に食べて頂くなんて、本当に初めてで、急だったし…、」

ジョルノの言葉に、なまえは一気に青ざめる。
なまえはジョルノの年齢を知らないが、制服のような装いだったし、声や容姿から年下であることを予想していた。
そんな彼に自分が緊張していたことをずばり指摘されては、どれだけあからさまな態度だったのかと恐縮するのは当然だろう。

慌てふためくなまえより三歩分前に出たところで、ジョルノは足を止めた。

「本当にそれだけですか?」

「え?」

自然、なまえの足も止まる。

二人は一歩半ほどの間を空けて、見つめあうかたちとなった。

「僕たちがギャングだと聞いていたから警戒していたんじゃあないんですか?」

「…確かに、それもなくはない、です。ギャングと聞いて少し怖いイメージがありました。…でも、お店の皆さんやこの街の皆さんから聞いてたんです。あなた方が素晴らしい方々だって」

ぽつぽつと言葉を紡ぐなまえは、少し言葉を選んでいるようだった。
どの言葉が今の気持ちを正しく伝えられるのか。なまえは必死に覚えたイタリア語を繋いでいく。

「だから、ギャングだからっていうのは、あまり関係ないです」

「…そうですか。だったら、これからも貴女に声をかけてもいいですか、みょうじさん」

「わたしに…?」

「ええ。僕は貴女と、貴女の作るドルチェに惹かれているんです」

「えっ!」

わざと冗談っぽく言った言葉は、果たしてなまえにどう伝わっただろうか。
なまえが手で隠してしまった彼女自身の頬は、恐らく赤く染まっているのだろう。
薄暗いせいでよく見えないのが残念だ。

ジョルノは彼女の返事を待ちながら、そんなことを思う。

「…是非、これからもよろしくお願いします」

そして、やっと絞り出された言葉に、ジョルノは満足そうに頷いて、

「ありがとう」

と返した。
イタリア語ではなく、彼と彼女の母国語である、日本語で。

「へ、日本語…」

「実は僕、日本生まれなんです。幼い頃に越してきたので、あまり日本語は喋れないんですが…驚きました?」

「は、はい…驚きました…!」

「ふふっ、覚えておくものですね」

素直に頷く彼女の反応が面白くて、ジョルノは小さく笑った。
そして、踵を返し、再び足を動かせば、なまえもまたハッとしたように後を追いかけてくる。

なまえの住居までの道のりはそう長くないが、彼と彼女の距離を縮めるのには充分だった。

Ci vediamo それでは、また

別れの言葉が、次の約束に繋がる程に。


end

『ジョルノとイタリア留学中の日本人女主』とのリクエスト。
だいぶ端折ってしまっておりますが…そして、頂いたリクエスト内容にイマイチ沿っていないような。
なんたって護衛チームの影が薄い!
やはり、私は複数キャラを出すのが苦手なようです。(痛感)

どうぞこれからもよろしくお願いいたします。
ありがとうございました!




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