吹っ切れた花京院と男装少女


グレーゾーンかもしれない花京院の続き。

最初は、ただ純粋に承太郎たちと共にDIOを倒したくて、そのためには女であることを隠さなくちゃあいけないと思った。
わたしの通う学校は彼らの学校からそう遠くないところにあったし、そもそも地元で『JOJO』はとても有名だ。
硬派で、大人たちに媚びることなく、そして女子にすごく人気があるのにその態度は辛辣。
そう聞いていたから、できるだけ彼らから断られる理由を減らすため、わたしは性別を偽った。

…まぁ、承太郎には出国してから割りと早い段階でバレてしまったのだけれど…。
それでも、必死に頼み込んだ甲斐あってなのか、承太郎はまったくもって仕方がないと言わんばかりにいつもの口癖を言い、未だに秘密を守ってくれている。

口調だとか仕草だとか、そういうのは周りのみんなをこっそり参考にさせてもらってだいぶ慣れてきたと思う。

今、わたしが次の課題だと思っていることは…ずばり、距離感。

女同士ではよくあるスキンシップでも、男同士でそれをやってしまうととんでもない誤解を受けるということをつい先日体験したばかりだ。

あの時はポルナレフがからかってきただけで、他のみんなは特に気にしていないみたいだったけれど、間違った距離感を繰り返してしまったらきっと本当に誤解されてしまうだろう。

承太郎はわたしのことを知っているけれど、花京院は違う。
日本人は同性同士に偏見を持っている人が多い。
花京院が必ずしもそうだとは言えないけれど、一緒に旅をする、しかも同年の仲間から必要以上に距離をとられたりしたら…心が病んでしまうかもしれない。

だから承太郎と花京院を観察して、程よい男同士の距離感というものを築き上げていこう!…と、ひっそり課題を打ち立てていたのだけれど…。

「おはようみょうじ。…今日はなんだか寝癖がすごいな」

「あ、おはよう花京院。いやぁ、このホテルのシャンプー、ちょっとおれの髪には合わなかったみたいでさ…」

ショートにした髪があっちこっちに向いてしまって、ピンで留めるのも男らしくないのだろうかと悩んだ挙句、時間が経てばそのうち落ち着いてくるだろうと諦めた寝癖。

今回は別の部屋だった花京院と廊下で鉢合わせ、さっそく指摘されてしまったわたしは、若干恥ずかしく思いながらもなんでもない風に笑ってみせる。

すると、花京院はわたしと向き合った状態で立ち止まり、するりとわたしの頭を撫でた。

「か、かきょういん…?!」

「その寝癖はすぐに治まりそうにないな。…僕の整髪料で良ければ使ってみるかい?」

「整髪料…あ、ああ…ヘアワックス、」

突然頭を撫でられたから何事かと思った…!
多分、花京院は普通に寝癖の強さを確かめただけなのだろう。

でも男子に頭を撫でられるなんていうのは、わたしの人生でそうそうあることではないわけで。
自分は男装をしているのだからと咎めても、ドキドキとうるさく早い心臓の音はすぐに落ち着いてはくれない。

花京院の提案に、「じゃあ、悪いけど貸してもらっていいかな」と、平静を装って言ったつもりだけれど…果たしてわたしの表情筋はちゃんと笑顔を作りあげてくれただろうか。

そんな不安を抱きつつ、花京院の後について彼の宿泊している部屋へ向かう。

部屋に到着するころにはようやく心臓も平常のリズムを取り戻し、彼の手からしっかりとヘアワックスを受け取ることができた。

よかった。こっそり安堵の息が漏れる。

「(ワックスなんて使ったことないな…。どんな感じにしたらいいんだろう)」

「みょうじは今こういうものは使っていないようだけれど、日本にいる時もそうだったのか?」

「あー、うん…。使ったことない」

「一度も?」

「うん。前は寝癖なんてついてたらピンで留めてたし…」

「ピン?へぇ、ヘアピンとか使うのか、みょうじは」

手渡されたヘアワックスをどう扱ったものかと悩みつつ、ゆっくり鏡のある洗面台へ向かっていると、少し離れたベッドへと腰掛けた花京院から何気ない質問が投げられた。

わたしもヘアワックスに気を取られていて、何気なく答えてしまった。
そして、意外だと言うような花京院の声を聞き、ようやくわたしは自分のミスに気が付いた。

普段、男子はヘアピンなんか使わない。
そんな日常風景を振り返れば分かるようなことを、わたしは言ってしまったのだ。

一瞬にして血液から温度がなくなるような、そんな背筋が寒くなる感覚。

「…あっ、いや…っ!お、おかしいよね、男がヘアピンなんてさ…!」

「…そうかな。別に、いいんじゃあないか?」

慌てて鏡から振り返り、花京院の方を見る。
…彼は、柔らかい笑みでわたしの方を見ていた。

もっと、怪訝そうな。驚いたような表情をしていると思ったのに。

予想とはほぼ真逆の表情を浮かべる花京院に、わたしの方が驚いてしまう。

「さぁ、僕から振っておいてなんだけれど、早くそれ…使わないとジョースターさんたちとの集合に遅れるぞ」

「あ、悪い。…えぇと…、」

「ああ、使ったことがないんだったね。…それなら、僕にその髪任せてみるっていうのはどうだろう」

「え…、…いいの?」

「もちろん。ただし、保証はできないけれどね」

「…じゃあ、お願いします」

「了解。こっちに来て」

花京院が座るベッドの横に置かれた椅子へ、彼と対面になる状態で腰を降ろす。
慣れた手つきでヘアワックスの蓋を開け、クリームを掬う花京院を、どこか他人事のように眺めていたわたし。

だけど当然その大きな手はわたしの方へ伸びて来て、そしてまた、この頭に、髪に触れる。

「…っ、(うわ…、なんか、)」

さっき、廊下で触れられた時よりもずっと近い位置にある花京院の顔は、正確に言えばわたしの髪を見ているのだろうけれど、真剣な表情でまっすぐにわたしを捉えている。
じっと見つめられているようで、まともに彼を見ることができない。

けれど、わたしの髪を整えてくれている彼から顔を逸らすなんてこともできなくて。

思わず、膝の上に置いていた手に力がこもる。

ドキドキ、どころかバクバク。そんな激しい音を立てる心臓に、頭がどうにかなってしまいそうだ。

…これじゃあまるで…。

「…はい、こんな感じでどうだろう」

「…」

「…みょうじ?」

「…っぁ、うん…ありがと…」

「…っ、」

精一杯絞り出した声だったけれど、それは情けなく震えていることが自分でも痛いくらいに分かった。

花京院が息を呑む気配を感じて、今のはマズかった。って頭のどこか一部分は何故か冷静なのに、心臓や他の冷静じゃあない部分があまりにも多すぎたらしい。

わたしは居た堪れない思いで一杯になってしまい、花京院の顔をまともに見られないまま立ち上がる。

「い、行こう!ジョースターさんたち、もう来てるかもしれないし…!」

「あ、ああ…」

そして逃げるように廊下へと飛び出し、一瞬過った言葉と、全身の熱がどうか少しでも散ってくれたらと、速足でロビーへと向かうのだった。


まるで『』のようだなんて。
「承太郎、わたし…男同士の距離感ナメてた…」「は?」


end

吹っ切った花京院は女子に対してよりズカズカしてそうという勝手なイメージ。
きっと、後々本当のことを知った途端に色々振り返って狼狽えだすことでしょう。(予報)




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