キス魔な承太郎


承太郎×執事シリーズ設定。時間軸としてはご結婚された直後くらい。


「いってらっしゃい、承太郎」

「ああ、行ってくる」

「ん…、」

朝、玄関先で承太郎を見送ること。
これは昔から…主従の関係だった頃から変わらない習慣で、日常。

けれどこんな些細な日常にも、昔とは違うことがある。
言葉づかい、呼び方。そして、恭しく下げていた頭は今、彼の顔をしっかりと見るため…少し上を向いている。

承太郎はといえば、相変わらず表情も柔らかいとはいえないし、言葉も少ない。けれど、その細められる瞳が、僅かに緩む口元が。たまらなく愛しい。
そして、言葉の代わり…といえるかは分からないけれど、その柔らかい唇が寄せられる回数は…以前より格段に増えた。

「…いってらっしゃい」

小さなリップ音と共に離れていく温もりは、それでもこの唇に残っていて。

何度繰り返しても、同じだけやって来る気恥ずかしさを誤魔化すように…わたしはもう一度、その言葉を紡ぐ。



「…って、いうのはいいんだけど…」

「何か言ったか?」

「あ、ううん、なんでもないよ」

「…そうか」

夕ご飯の買い出しへと出かけた先で承太郎と遭遇し…夕暮れに染まりつつある道を並んで歩く。

大した荷物ではなかったけれど、するりとこの手を離れたそれは今、承太郎の左手にぶら下がっている。

その何気ない優しさと、空になったわたしの左手に繋がる彼の体温。
幸せで、なんだか色んなことがどうでもよく思えてしまう。

だけど、今はこの幸せに流されちゃあいけない!

ひとつだけ。ひとつだけどうしても承太郎に言わなくちゃ!
頑張れ、わたしっ!

「…ねぇ、承太郎」

「なんだ」

「えーと、その…キス、」

「して欲しいのか?」

「ち、違うそうじゃなくて…っ!その、外でキス、するの…やめて欲しい、んですけど…」

「理由は」

「だって…恥ずかしいよ、公共の場でキスなんて」

「恥ずかしい、か」

「さっきだって、会った途端にキスするんだもん。そりゃ、会えたのはわたしも嬉しかったけど」

「なら、アメリカにでも引っ越すか」

「あめ…え、あ、アメリカ??」

先述どおり、何処でも突然キスをしてくる承太郎の行動に…振り回されつづけるわたしの心臓はもうだいぶ限界で。

意を決して切り出したわたしのお願い…ううん、抗議は…なんだかあらぬ方向へ向かっているような…。

「ええと、アメリカ?ジョセフさん?」

「じじいは関係ねえ」

「…なら、なんでアメリカ…?」

「別にイタリアでもフランスでもいい」

「フランス…ポルナレフ…」

「くくっ、なんで関連付けたがるんだお前は」

「?」

承太郎の意図がまったく分からず、わたしはついになにも思い浮かばなくて、完全に首を傾げる。

そんなわたしを見下ろす彼の瞳は、何処か楽しそう。
…もしかしてわたし、からかわれてる?

「なまえ、お前が恥ずかしいと感じるのは、周りの環境と今までの感覚だろう」

「え、まぁ、突き詰めて言うなら…そうなんだろうね」

「感覚ってやつは、要は慣れの問題だ」

「慣れ…」

「環境は、合わせればいい」

「それって、どういう…んむっ、」

承太郎の言葉を整理しつつ、それでも核心を得ない。
まるで、言葉遊び。

考えて、言葉を交わして、また考える。

だけど、必死に理解しようとしているわたしの思考は、言葉遊びの発端である張本人の唇によって…呼吸と共に奪われた。

「…っ…、…はぁ…っ。ちょ、じょうたろ、何考えて…っ」

「言っただろう。慣れの問題だってな」

「…それって…キスの、こと…?」

さっと巡らせた視界に人影はない。
夕暮れ色だった空や道は、少しずつ夜の色に染まりつつある。

視界の外に誰かいたとしても、スタープラチナのようなずば抜けた視力がなければわたしたちの行為は見えないだろう。

それに多少なりと安心しつつも、しかし羞恥がないわけじゃあない。

力で勝てないことなんて重々承知のうえだけれど、それでもその身体を押し返そうと試みるも…結果は、予想通りすぎるもの。

「まぁ、まずは慣れることから始めるべきだろうな」

環境はいつでも変えられる。

なんてことを言いながら奪われるこの呼吸は。

整える暇なんてないくらい、乱されてしまって。

それは当然呼吸だけじゃなく、この心臓の鼓動も。この心も。すべて。

「(こんなの、慣れるわけない…!)」

恥ずかしさでうっすらと溜まった涙のせいか、眼前にある承太郎の表情は…いつもより数倍、柔らかく、楽しそうな笑顔に見えた。


end

『キス魔な承太郎』とのリクエスト。
キリ番&素敵お題ありがとうございました!
ご期待に沿えているかは些か不安ではありますが…楽しんで頂ければ光栄でございます。




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