典明くんと猫と戯れる
◇平和な学生。
「にゃぁ」
下校途中の道すがら、隣人が発したのは目の前にいる真っ白な猫と同じ言語…いや、鳴き声。
似せているからといって意思の疎通などできるわけはないのだけれど、それでも不思議と猫は彼女のところへ足を向けた。
「わー、真っ白。美人さんだねぇ」
猫界における顔の出来不出来なんて分からないし、そもそもキミ、毛色で判断してないかい?とか。
猫に対して“美人”という表現は正しくないのでは?とか。
色々と思うところはあるのだけれど、僕だって猫が嫌いというわけではないし、猫を前ににこにこと笑うなまえさんが可愛らしいので。
野暮なことは言わず、僕も彼女に習い…膝を折って腰を落とすのだ。
「本当に真っ白だ。毛並も綺麗だし、野良じゃあないだろうね」
「だろうねー。にゃんこは自由奔放だから」
「クス、なまえさんもね」
「えぇー…、わたしってそういうイメージなの?」
「だってキミ、興味があるとすぐふらふらどっかに行くだろう?よく餌付けもされてるしね」
「餌付けって。そりゃあ、差し出されたものは食べるのが礼儀だと思ってるけれど」
「いいと思うよ。雛鳥みたいで」
「…猫じゃなかったんですかー」
「食べ方の話さ」
なまえさんは、いい意味であまり飾らない人だ。
だからこそ男女問わず友人も多く、その友人らは猫のように自由奔放な彼女の世話を焼く。
なまえさんは心外だと言うだろうけれど、傍から見ている僕としては…まるで妹の世話をしているかのように見えるのだ。
可愛がられている、というのが正しいかもしれない。
そう、なまえさんが膨れっ面をして喉元を撫でている猫のように。
「あーあ、にゃんこは可愛いなー、何処かの典明くんと違って」
「この子も僕と比べられてさぞ複雑な心境だろうね」
「…嫌味のつもりだったんですが」
「おや、嫌味でしたか」
「かわいくなーい」
猫から手を離し、その手はそのまま僕の頬を引っ張る動作に移行する。
「いひゃいれす」
「痛くしてるんだもん」
本当は、口で言う程痛いわけじゃない。
でも、なまえさんは悪戯が成功した子供のように笑うと、僕の頬を撮んでいた指を離した。
「わっ…ふふ…くすぐったい」
「…随分、気に入られたみたいだね」
少し前まで…なまえさんが手を離すまで大人しく彼女の前に座っていた猫が、撫でられていた手が離れたからだろうか。
折っているなまえさんの膝もとに、その白い顔や身体を擦りつけていく。
所謂、マーキング。
「ふふっ、お嫁さん候補になったのかな?」
「…オスだったのか、この猫」
「確認はしてないけれど、多分」
「じゃあ、威嚇しないといけないな」
なまえさんの膝や脚に身体を摺り寄せる猫の頭を一撫でし、僕の方へと意識を向けさせる。
猫はなまえさんの時と違い、僕に対して少々警戒しているようだった。
動物は見えないものが視えたり感じたりするっていうけれど、もしかしたらそういうことなのかもしれない。
それとも、ただ単純に邪魔をされたのが不快だったか。
どちらにしろ、猫の意識は僕の方へ向いたので計画どおり。
その隙に、僕は先ほど猫を撫でていたなまえさんの手をとり、その手を自身の両手で包み込む。
そのまま手をくっつけるように挟み込んでいる僕の行動に首を傾げている彼女は、それでも成り行きを見守るつもりなのだろう。楽しそうに笑顔を浮かべてこちらを眺めている。
「これが威嚇になるの?」
「そうだね、威嚇というよりかは…マーキングかな」
「上書きしてるんだ」
「元に戻してるんだよ」
「…えへ、そっか」
此処は公道。
確かに人は時々通って行く程度だけれど、それでもあの猫がマーキングしていったなまえさんの脚をどうこうすることなんてできない。
ならばせめて、彼女自身が一番行動を示してくれる場所を。
彼らなりの主張法に習い、示してみせよう。
言語は真似をしたところで意思の疎通はできないけれど、きっとこれなら伝わるんじゃあないだろうか。
『残念、彼女は僕のです』
猫は僕らを眺め、「やれやれ」と言わんばかりに去って行く。
「ねえ典明くん、マーキングってさ…実は一方的じゃあないよね」
「というと?」
「だって、スプレーならともかく…ああして身体を擦り合わせてたら、自分にも相手の匂いが移るじゃない」
「ああ、なるほど。確かにそうだ」
「だからねー…ふふっ、典明くんもマーキングされちゃったね。わたしに」
「…っ、…なまえさんて…たまに恥ずかしいことを言うね」
「え、そう?」
「(掴めないなぁ…。本当に猫みたいだよ、キミは)」
end
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