承太郎とドラッグストア


◇3部といいつつ数年後。大学生あたり。


「シャンプーは買ったし、トリートメントはまだあるし…あ、歯磨き粉」

「は、この間買ってたじゃねえか」

「あれ、そうだっけ?」

「ああ、広告の品だとかでスーパー行った時」

「あ、そっか。承太郎、よく覚えてるね」

「記憶力はいい方なんでな」

なまえと違って。なんてちょっと意地悪なことを言われるけれど、実際自分で買ったことを忘れてしまっていたわたしが何を言っても説得力はないわけで。
それに、わざわざこうしてドラッグストアなんかに付き合って荷物持ちなんかしてくれているわけで。
だから別段反論はしない。でもちょっと拗ねてみるのはせめてもの反抗心から。

「くくっ、反論しねえのか」

「しません。わたしそんな子供じゃないもん」

「拗ねてるくせによく言うぜ」

「す、拗ねてなんかいません」

「そうかよ」

言葉とは裏腹にその口元は緩く弧を描いている。承太郎はお気に入りらしい帽子の鍔をちょっと下げて誤魔化しているつもりみたいだけれど、彼を下から見上げるかたちになるわたしにはまったく意味がないことを彼は知らない。もちろんわたしも言ってあげない。
だって、これはわたしの特権だもの。

これくらいのナイショは許されるはずだ。

拗ねていたのも忘れて、わたしもこっそり口角を上げる。

「リップクリーム」

「え?」

「リップクリーム、もう無いって言ってただろ」

「そういえばそうだった」

突然降りてきた言葉に一瞬クエスチョンマークが浮かんだけれど、承太郎の言うように愛用のリップがもうほとんどないことを思い出す。

本当、どうしてわたしのことをわたし以上に覚えているんだろう。
なんだかちょっと。ちょっとだけ、悔しい。なんてね。

「メントールの入ってないやつにしろよ」

「どうして?あっちの方が効き目ありそうなのに」

「スース―するだろ」

「承太郎も使うの?なら二本買う?」

「いいや」

す、と承太郎が少し背中を丸め、内緒話をするようにわたしの耳元へその顔を、唇を寄せて。

「お前の唇から直接分けてもらう」

「…っ…!」

少しだけ耳にかかる息と、それに乗って鼓膜を揺らす承太郎の心地よいテノール。

それはたった一瞬の短いものだったけれど、それでもわたしの体温を上昇させるには十分すぎるもので。

離れていったその顔を思わず勢いよく見上げれば、そこにはわたしの様子を楽しそうに眺めているグリーンの瞳。

ぱっちりと合ってしまった視線が余計に恥ずかしくて、今度は逸らすように下を向く。

傍から見たら、なんて挙動不審な女だろう。

「…ばーか」

「なまえに言われちゃあお終いだな」

「言われるほど馬鹿じゃないですー」

「知ってる」

「…いじわる」

「知ってる」

「…、」

彼の肩が小さく揺れる気配を感じ、きっと楽しそうに笑っているんだって分かる。
けれど、今の火照った顔を上げるなんてこと、出来るわけがない。

だからちょっぴり速足で歩いて、顔を冷ましてしまわなくては。

そしたらリップクリームを買ってさっさと帰ろう。

もちろん、メントール入りのやつ。



「…んぅ、」

「やっぱ、メントール入りじゃねえ方がいいな」

「じゃあリップ塗った側から奪っていくの、やめて下さい」

「据え膳食わねばっていうだろうが」

「承太郎に食べさせるために塗ってるんじゃないよ」

「じゃあ、おれが塗ってお前に食わせてやろうか」

「え、」

「一本で二人分潤うなら得だろ」

「すぐなくなっちゃうよ…」


end




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