リゾットさんとの記念日を迎えた


◇『リゾットさんと同郷の恋人』と同設定。


暗殺チームにおいて、「生」と「死」は等しく身近であり、日常である。

会社員が割り振られたデスクワークやプログラミングなどをこなすように、粛々と「生」を奪い、「死」を与える。
そう割り切れるようになったのは、いつからだっただろう。

そんなことを考えながら、なまえは仕事を終えたその場にイトスギの枝を置く。
街路樹から頂戴したものだ。到底手向けの花、なんて呼べるような洒落たものではない。

「おい、さっさと行くぞ。来た時とは別の鏡を使う」

「はい!」

今回の相棒であるイルーゾォに軽く背を押され、足早にその場を後にする。

これが、紛れもなく彼らの日常の一部だ。



「ただいま戻りました」

「ああ、お疲れ様」

「ソルベさん!ジェラートさんも、お疲れ様です。もう戻られてたんですね」

「まぁね〜」

アジトへ戻ると、他の仕事に出ていたソルベとジェラートが先に戻っており、いつものように二人、非常に近い距離でソファに座っていた。
今更その距離感について何か言うことはないが、イルーゾォはどうにも顔に出てしまうタイプのようで、若干眉間に皺を寄せている。

なまえはといえば、そんないつもどおりの二人を見て、今回も互いに無事でこの場所に戻ってくることができて本当に良かったと、心から安堵するのだった。

…そこでようやく、じんわりと感情が解けていく。
冷えていた身体が徐々に温まっていくような、鈍くなっていた感覚が鮮明になっていくような。そんな感覚。

「(よかった…また、日常に帰って来られた)」

ソファに腰掛け、目を閉じて深く息を吸う。
新鮮、とは言い難いが、少なくとも血生臭くはない空気だ。

浅く、長く息を吐いて目を開けば、気持ちが切り替わる。
「暗殺者」から、「なまえ・みょうじ」へ。

さて、他のメンバーのスケジュールはどうなっていただろうと思い、ふとカレンダーに目をやる。
当然今日の日付を忘れていたわけではないが、心にゆとりができたからだろうか。そこでようやく気づいたことがある。

「(リゾットさんとお付き合いし始めた日だ)」

所謂、記念日。
仕事優先で物事を考えていたからだ。今の今までなまえにとって今日は「仕事の日」だった。

仕事優先なのはリゾットも同じことだが、だからこそ。なまえは記念日というものを大切にしたいと思っていた。
大袈裟なことじゃなくていい。少し手の込んだ料理を作ってみたり、いつもよりちょっぴり奮発したワインを買ってみたり。
いつもより頑張って、自分の気持ちをきちんと言葉にしてみたり。

そんなひっそりとしたお祝いを積み重ねていけたらと、そう思っていた。いや、もちろん今でもその想いは変わらないのだが…。

「(…なんにも、準備してない…っ!)」

「なまえ、どうした。頭痛か?」

「…いえ、何でもないです。ありがとうございます、イルーゾォさん…」

思わず頭を抱えて唸るなまえは、それだけ返すので精一杯だった。



日も暮れた頃、薄暗いアジトの中でメンバーが集い、報酬についての話し合いが行われた。
話し合いと言っても、概ねリーダーであるリゾットが振り分けをし、異議申し立てがあれば検討・調整する、といった内容だ。

なまえはこの話し合いで異議申し立てをしたことはないのだが、今日はいつも以上に余所事のような感覚だった。

なまえの頭の中は、自宅の冷蔵庫の中身とストックしてある酒類、あとは現在の手持ちのことでいっぱいだ。
そもそも、リゾットのこの後の予定すら聞けていない。

急に誘うのは失礼だろうか。いやしかし恋人関係であるわけで。
断られてしまったらどうしようか。…それはそれで改めて準備をする時間ができたと想えば良いのでは。
受け入れてもらえたならやはりまずは買い出しをしなくては…。

ぐるぐると考えを巡らせているうちに、メンバーが一人、二人と立ち上がった。
どうやら話し合いは無事終了したらしい。

釣られるように自分も立ち上がろうと脚に力を入れかけたが、リゾットがその場で何枚かの書類にペンを走らせているのを見て、一旦様子見…というより、タイミングを見計らうため、そのまま座って待つことにした。

時折リゾットに相談事や確認しておくべきことがあるメンバーが残ることがあるが、今日は皆、続々とアジトを後にして行く。
メンバーたちの背中に向けて「お疲れ様でした。お気をつけて」と声をかけ、リゾットの方を見る。

すると、ぱちりと目が合った。
もちろん、リゾットの黒い瞳と。

まだ書類に向かっているとばかり想っていたなまえは、もう書き終わったのかと驚いた。

しかし、まだ彼の手にはペンが握られたままで、ペン先の書類に書かれたサインはまだ途中だった。

そのことにすぐに気がついたなまえは、今声をかけても良いものだろうかと出かけた声を詰まらせた。

「…なまえ、この後時間は空いているか」

観察眼に優れたリゾットのことだ。なまえが口を開きかけていたことも当然見逃してはいないだろう。
それでもそれを待たずして先に言葉を発したリゾットの声はいつもと同じく低く静かなものだったが、ほんの少しだけ視線が泳いだような、そんな気がした。

「…はい」

なまえはタイミングを逃してしまったことを後悔しつつも、仕事なのかプライベートなのか判断しかねるリゾットの問いに頷いた。

それを聞き届けるや否や書類に再びペンを走らせるリゾットを眺め、数分。

「待たせたな。出られるか?」

「はい!大丈夫です」

書類をまとめて封筒へ入れ、それを持ちながら立つリゾットに習い、なまえもすぐに立ち上がった。
デスクに向かい封筒を引き出しへ収めた彼の背中を見ながら、どうやら仕事の話ではなさそうだとなまえは察する。

行くぞ、と短く促され、リゾットの後に続く。

「リゾットさん、あの、何処へ行くんですか?」

アジトを出て、リゾットの隣を歩きながら問いかける。
なまえは背の高い彼を見上げるが、座っていた時とは違い、歩いている時に目が合うことはなかなかない。

それでも、こうして問いかけた時…彼は自分に視線を向けてくれることを、彼女は知っていた。

「…花屋だ」

「えっ!お花屋さん、ですか…?!」

意外すぎる返答に驚き、若干声が上擦ってしまった。
しかも、なまえに向けられた視線は僅かに細められており、たったそれだけのことではあるが、何処か…リゾットが楽しんでいるように見えた。

そんな思いもしない発言と表情に目を丸くしたなまえだったが、すぐに自分が素っ頓狂な声と間の抜けた顔を晒してしまったと恥ずかしくなり、勢いよく顔を逸らした。

昼間ではなくて良かったとなまえは思っていたが、街の灯りは彼女が思っているよりもはっきりとその頬の赤さを照らし出している。

「ここだ。少し待っていてくれ」

ようやく頬の熱が落ち着いてきた頃、リゾットは宣言どおりとある花屋の前で足を止めた。
本当に普通のお花屋さんだ、と看板を見つめているうちに、リゾットはさっさと店主の許へ行き、一言二言のやり取りをしているようだった。

花が好きななまえにとって、花屋とは馴染み深い場所だが、そこにリゾットがいるというのがなんとも新鮮に思えた。
店先に並ぶ色とりどりの花よりも、その黒色から目が離せない。

店主から花束を受け取り、それを抱えたリゾットが真っ直ぐなまえの目の前までやってくる。
ラッピングから白い花弁がのぞき、白と黒のコントラストが際だっている。

「花に詳しいお前なら知っていると思うが、アイリスという花だそうだ」

「…え、わたしに、ですか?」

「他に誰がいる」

リゾットの言葉と差し出された花束に、はっと我に返ったなまえは思わず確認の言葉を口走ってしまった。
この状況で聞くことではないだろうと誰もが思うだろうが、冷静になればなまえだって同じだ。

そんな冷静な判断ができないほどに、リゾットに見惚れていたのだ。

「ありがとう、ございます。嬉しい…」

両手でアイリスの花束を受け取り、そっと、決して花を傷めないように抱きしめる。
すべて白のアイリスで纏められた花束。配色や相性を考えられたカラフルな花束も美しいが、統一されたものもまた美しい。

「このお花は、リゾットさんが選んでくださったんですか?」

「オレは詳しくないんでな。店主に聞いて決めた」

「ふふっ、そうなんですね。白い花束、とっても綺麗です」

「同じ花でも色によって違う意味になると聞いた。だから余計なことは考えずに単色で依頼したんだ」

「確かにそうですね。花によっては本数なんかでも意味が違っていたり、花言葉がたくさんあったりしますから」

花言葉。自分の言ったワードであるが、なまえはそういえばと思い至った。
リゾットは、「意味で選んだ」と言ったのではないか?この場合、「意味」とはやはり「花言葉」のことを指しているのではないか。

そうだ、花言葉。アイリス…白いアイリスの花言葉は…。

「それは、『あなたを大切にします』という意味になるらしい」

リゾットの視線と、指さす先の花束。

そしてそれを彼から受け取った、自分。

「…〜っ!」

言葉どころか、声すらまともにあげることができなかった。
先ほどとは比べものにならないほど一気に顔が熱くなるが、両手は花束で塞がっており、大切なそれを放り出すなんてことはできるわけもなく。

忙しなく泳ぐ視線と変わる表情に、珍しくリゾットが片手で口元を隠し、くつくつと笑う。

「わ、笑うなんてひどいです…!」

なんとか絞り出した悪態は、消え入りそうなほど小さい。
なまえは全身が熱くなりすぎて、抱えている花たちが萎れてしまうのではないかと思うほどだった。

「すまない。記念日らしいことができたのが嬉しくてつい、な」

「リゾットさん、覚えてらしたんですか!」

「スケジュールの管理は基本だ」

「スケジュール…って、リゾットさんらしいといえばらしいです」

小さく笑うなまえの頭を、リゾットが優しく撫でる。

少し前までは、こんな日がくることなど考えもしていなかった。
それはリゾットも、なまえも同じこと。

人並みの幸せなんてものは、彼らの日常に含まれていなかった。
けれども今は…。これもまた、徐々に日常になりつつある。

二人の日常が変わるほどの特別な日。それを記念日と呼ばず、何としよう。

「リゾットさん、今日は一緒に過ごしませんか?」


end


水仙様、この度は10,000Hit企画にてリクエストを頂き、ありがとうございました!
『記念日にリゾットさんからなまえさんへお花を贈る話』(ざっくり)

少し長く(当社比)なってしまいましたが、記念日という大事なテーマと、前回のリクエストで他のメンバーとの絡みが一切書けなかったことの反省を踏まえ、気合い入れて書かせて頂きました。

楽しんで頂けましたら光栄です。
今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。




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