番外編(赤井IF)
※降谷とくっついてないの前提です
ワンガンブルーのGT-Rを降り、マンションの住居棟直通のドアに向かった名前がその手前で足を止める。
そこにいたのは黒いニット帽をかぶった長身の男だ。目元には相変わらず、深い隈がくっきりと刻まれている。
「おかえり」
「……お久しぶりです、赤井さん」
「工藤邸で会って以来か」
なんで苗字名義の自宅を知っているのかはツッコまない方がいいのだろう。
工藤邸で彼らに情報を渡した後、組織を壊滅させるまで赤井からの定期連絡はあったが、こうして顔を合わせるのは久しぶりだった。
「もう帰国される頃かと」
「ああ、その前に君に会っておきたくてな」
「私に?」
名前が首を傾げると、赤井がその長い足で距離を詰めてくる。目の前に立った男を名前が見上げると、モスグリーンの瞳が真摯な光を宿して彼女を見つめた。
「俺と一緒にアメリカに来るつもりはないか?」
その言葉を脳内で数回繰り返し、意味を飲み込んだところで口を開く。
「…ありませんけど」
「だろうな」
「はあ?」
「ダメ元で聞いただけだ」
くつくつと笑いを漏らす赤井を、名前が半目で見つめる。この男、何がしたいんだ。
「君をぜひとも連れて帰りたかったんだが…残念だ」
「それは光栄です、とでも言っておけばいいんでしょうか」
「そんな言葉より君が欲しいな」
そう言って口元に笑みを乗せる赤井に名前が脱力する。相変わらず、言い回しがこなれすぎていて本気と冗談の区別がつきにくい男だ。
ため息をついた名前に、赤井は「つれないな」と表情を変えずに言う。
「さて。顔も見れたことだし、そろそろ行くとしよう」
「…あちらでも、お元気で」
「ああ、君も」
長身を屈めた赤井が名前の頬にキスを一つ落とし、そのまま振り返りもせず去っていく。
(……相変わらず、スマートが過ぎる)
頬を押さえ、名前は再びため息を零した。
***
国内に滞在していたFBI捜査官たちが本国に引き上げたと聞いてから、およそ半年が経過した。
「了解。近いから歩いて向かうね」
本庁を出た名前は、部下との電話を切って歩き始める。辺りはすっかり暗くなり、冬の寒さに吐息が白く染まるのがわかる。
そろそろ雪でも降りそうだ、と見上げた先は、澄んだ冬の空気が見せる星空だ。
美しいそれに見惚れていた名前は、すぐ隣の路側帯に停まった車に一瞬反応が遅れた。
「………えっ」
そちらに視線をやって、思わず素で瞠目する。真っ赤なマスタングのパワーウィンドウが開くのを、名前は目を丸くしたまま見つめていた。
「歩きでは冷えるだろう。乗ってくれ」
左側の運転席から顔を出した赤井に、状況が飲み込めず立ち尽くす。
「名前さん?」
「…あ、ああ…いえ、すぐ近くなので…」
目的地は徒歩で十分向かえる距離だ。動揺しながらもとりあえず断るが、「再会に浸らせてもくれないのか」と言われてしまい言葉に詰まる。
仕方なく助手席側に回り込み、車に乗り込んだ。
「日本に来てたんですね」
「いや……」
否定の言葉に、隣の彼を見る。
「今月からこの近くで働いている」
え、と目を瞬かせた名前だが、すぐにそれの意味するところに思い至った。
「まさか、大使館勤務ですか」
「ああ」
警察庁から大使館までは移動距離にして2kmもない。ご近所どころの話じゃないだろう。
「それはまた……。…降谷くんに見つからないよう、くれぐれも気を付けてくださいね」
組織を無事壊滅させ、彼らの間に長年横たわっていた誤解も解けた。とはいえ、元々反りが合わないらしい二人の仲の悪さは健在だ。
職場近くで私闘を繰り広げられるのだけはごめんだった。
「君に会いに来る分にはいいのか?」
「え?」
暗い車内でもわかるモスグリーンの瞳が名前を捉える。
「これでまたしばらく日本で過ごすことになる」
「…そうですね」
「君はまだ誰のものでもないようだし…」
そこで言葉を区切った赤井が、おもむろに運転席から身を乗り出した。大きな手が頬に触れ、彼の方に顔を向けさせられる。
「そろそろ本気で口説かせてもらおう」
整った顔が近付いてくるのを感じながら、果たしてこの男から逃げることなんてできるのだろうか、と名前はぼんやり考える。
コートのポケットでは、部下からの着信が小さな振動を響かせていた。
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