番外編(本編より前の話)


前回降谷がやってきてから二ヶ月ほど経った日のこと。遠くの方でインターホンの呼び出し音が聞こえた名前が顔を上げる。
しかし久々にのんびり湯船に浸かっていた名前は、訪問者―――多分宅配だろう―――に心の中で謝りながら引き続き長風呂を堪能した。

結局たっぷり一時間ほど湯船に浸っていた名前は、脱衣所に出てからもじっくり時間をかけてスキンケアを施した。全身にはデパコスのボディクリームを丹念に塗り込む。必要があれば10代にも化ける名前は、年齢の出やすい手や首筋のケアにも気が抜けない。指先までくまなく磨き上げてから、脱衣所を出た。

(……ん?)

名前はどことなく部屋の空気が違うことに気付き、慌てて裸の体にバスタオルを巻いた。暗い寝室を覗き込むと、ベッドの上に長身の男が横たわっているのが見える。

仰向けで寝る男にそっと近づくが、左腕で目元を隠していて表情が窺えない。しかし規則的に上下する胸元に、彼が熟睡していることはわかった。周囲を見渡すと、かろうじてスーツのジャケットだけハンガーに掛けてあるのが見える。

(ネクタイと靴下くらい脱がしてあげるべき?……いやいや、寝てる男にそれは絵面的にないわ)

彼氏でもないのに。

すでに今更な気もしたが、結局名前は彼に布団をかけて寝室を後にした。



***



ローテーブルに広げていた書類をまとめ、名前は長い息を吐いた。気付くと外が明るくなり始めている。

ふと衣擦れの音が聞こえた気がして寝室を覗くと、体を起こした降谷が空いている隣をぼんやり見つめていた。

「降谷くん」

緩慢な動きで降谷が顔を上げる。

「おはよう」
「………苗字さん、寝てないんですか?」
「うん」

登庁してから仮眠を取る予定だと伝えると、曖昧な相槌を打って再び動きが止まってしまう。

(まだ半分寝てるな)

「ねー降谷くーん、私お腹空いちゃったー」
「……ドキ◯ちゃんの声真似やめてください」
「うそっ通じた」

まさか降谷零にアンパ◯マンネタが通じるとは。名前が本気で驚いていると、完全に目が覚めたらしい降谷が「シャワー借ります」と脱衣所に消えていった。



***



カウンターキッチンで朝食の準備をする降谷を眺めながら、名前はふと口を開いた。

「でも正直、降谷くんとバイキ◯マンって通じるとこあるよね」
「……そのネタまだ続くんですか?」

顔を上げた降谷は呆れたような表情を隠しもしない。

「だって、なんだかんだ言っていつもリクエスト聞いてくれるし」

今日の朝食は洋食だ。降谷が和食派なのはわかっているが、スープやオムレツを食べたい気分だった名前がリクエストしたのだ。

(あとは赤い人にいちいち突っかかるところも似てる。言わないけど)

食器棚から皿を取り出していた降谷がチラッと名前を見た。

「バイキ◯マンはドキ◯ちゃんのことが大好きですからね」
「あれ、結構詳しい?昔見てた?」

間髪入れずに返すと、降谷が信じられないものでも見るような顔になる。

「え、何」
「もういいです」
「は?」
「箸並べてください」
「箸?」

降谷の中でアンパ◯マン話は完全に終わってしまったらしい。負けっぱなしの悪役に例えられたのが面白くなかったのだろうか…?

今日のメニューならフォークやスプーンでは、と思ったが、降谷の雰囲気が怖かったので従うことにした。そしていざ食べようという時になって、「あ」と漏らした降谷がフォークとスプーンを持ってきた。なんだったんだ。もちろんご飯は美味しかった。


「大好き」が伝わらない


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