番外編


降谷零という男は、正義感が強く、人にも自分にも厳しい完璧主義者だ。立場上秘密主義な部分もあれど、部下である自分を信頼してくれている―――と風見は思っている。

『いいか、風見』
「はい」
『事は急を要するが、生憎僕は動けない。君の能力を見込んで頼むんだ………抜かるなよ』
「お任せください」

絶対にこの期待に応えて見せる、と電話越しの上司に向けて風見は心の中で意気込んだ。

『よし。じゃあ、総合感冒薬とスポーツドリンク、冷えピタ、生姜を買って今から言う住所に向かってほしい。住所は―――』
「了解しました」
『着いたら洗濯と掃除をして、簡単な雑炊でも作ってあげてくれ』

食材は冷蔵庫の中のものを自由に使っていい、と降谷が続ける。

「………は?あの、降谷さん?」
『なんだ』
「この住所は一体……」
『ああ、苗字さんのマンションだ』
「は」

風見の思考は止まった。

『本人の了承は得ている。―――もっとも、随分と嫌がっていたがな』

くつくつと笑う上司に、風見の頭上の疑問符が増える。

「風邪薬などを買って苗字さんのマンションに行き、家事をする…という指令でよろしいでしょうか?」
『ああ、そうだ。彼女は今風邪をひいているからな』
「今朝本庁前でお見かけした時はいつも通りでしたが……」

わざわざ看病するほどではないのでは、という疑問を暗に示すが、降谷は「いや」と言う。

『彼女は体調不良を気取らせないのが上手いんだ。普段通りに職務をこなして、誰にも気付かせないまま治してしまう。タフな人だから風邪もあまり長引かない』

なおさら必要ないじゃないか、という言葉を飲み込む。

『ただ、普段通りを装うあまり他のことがとことん疎かになってしまうようでな。家事は全て放棄して食事も栄養ドリンクのみ……それで治るんだからすごいわけだが、万一悪化して倒れられても困るだろう』
「は、はあ」
『彼女の部下は連絡先を知らないし、君なら安心して任せられる。頼んだぞ』
「!わかりました、すぐに」

耳からスマホを離そうとしたところで、『ああ、それと』と降谷が付け加える。

「はい」
『買った生姜でジンジャーティーでも作ってあげてくれ。紅茶のティーバッグならキッチンの吊り戸棚にあるから』

(いや、なんであんたがそれを知ってる?)



その後、結局苗字には「本当に来たんだ…」とドン引きされてしまった。

しかし家の中は降谷の言った通りの状態だわ、苗字も体調のせいか素っぽい感じで世話しがいがあるわで、風見がつい張り切ってしまったのはここだけの話である。


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