番外編(本編完結後の後日談)


「あら、これ」

パンプスを脱いだキュラソーが、玄関収納の上に置かれた写真立てに気が付いた。

「何回見ても綺麗ね」
「えへへ」

ストレートな賛辞に思わず頬が緩むのがわかる。

「自分の写真なんてもう何年ぶりだろ…見るたびにニヤニヤしちゃう」

写真立てに入れられているのは、教会で撮影した二人の後ろ姿だ。

写真からはウエディングドレスとタキシードを着た二人であることはわかるものの、扉から差し込む夕日で逆光になっていて二人の髪色すらわからない。
それでも、見るたびにあの光景が鮮明に思い起こされるのだ。




***




「彼とは一緒に住まないの?」

隣でニラを刻みながらキュラソーが言う。今日は二人だけで餃子パーティーだ。

「うーん…まあ追々ね。今は物件の選定に時間がかかってて」

零とはそのうち一緒に住むつもりではいるが、なにぶん名前の荷物が多すぎる。衣装部屋にしている一室には業者並みの荷物が詰まっているし、二人の拠点となる場所なのだから立地も重要だ。

「大変な仕事よね」
「キュラソーにもいつも助けられてるよ」

先日協力者として正式に登録された彼女は、たった数回の要請ですでに大変な功績を上げている。ちょっと今から国家総合職試験受けてみない?と提案したいほどだ。年齢制限さえなければ本気で勧めていた。
「それは光栄だわ」と彼女は微笑んだ。

「そういえばあの写真、私の他にも送ったの?シェリー…志保ちゃんとか」

あの写真とは玄関のあれのことだろう。

「新一くん…コナンくんだった子ね。あの子には送ったけど、それだけだよ」
「そうなの。もったいないわね」

せっかく綺麗なのに、と彼女は言う。

「志保ちゃんは偽苗字名前が偽物だってことは知ってるけど、私の本名も素顔も知らないから。所属も…敵ではないってことしか言わなかったし」

ニラを加えたタネをこねる。キュラソーは冷蔵庫から餃子の皮を出して戻ってきた。もちろん市販品だ。

「でも、あの子の就職先を斡旋したのってあなたでしょう」
「協力者を介してね」

他に自分の名前と素顔を知っている人物を思い浮かべようとして、新一以外に一人しか思い付かないことに気が付いた。

(でも彼はそういうの興味ないだろうな)

どうせ送っても反応はないだろう。

「あ、風見くんには見せたよ。零くんと一緒に」
「彼泣きそうね」
「泣いてたよ。メガネを外して「降谷さんっ…!お幸せに…!」って」
「想像できるわ」

クスクス笑い合いながら餃子を包んでいく。

「キュラソー包み方上手くない?」
「性格が出るわね」
「見ないで」




***




本部に届いた自分宛のエアメールを開封して、赤井秀一は瞠目した。

中には写真付きのハガキが一枚だけ。
純白の衣装に身を包んだ二人が、教会に差し込む夕焼けに向かっていく幻想的な光景だ。逆光のため二人の髪色すらわからないし、エアメールの差出人にも心当たりはない。

(……彼らか)

情報の少ない写真だが、それでも赤井はその二人が誰なのかすぐにわかった。
彼女は自分のことにはわりと無頓着なようだったので、わざわざアメリカまで送ってきたのはきっと彼だろう。

組織に仕掛けたあの日、爆炎に追い立てられながら並走した彼の姿を思い出す。
赤井に向けて罵詈雑言を並べ立てた後、彼は足を止めずにこう言った。


―――彼女はもう僕のものだからな!


赤井をビシッと指差しながら吐き捨てた彼に、赤井は薄く笑って「それは残念だ」と返したのだ。
「それだけか!?」という顔で最後まで自分を睨みつけていた彼を思い出すと今でも笑みが零れる。

(お幸せに)

赤井に見せつけてやろうとハガキを送りつけた彼が「なんで悔しがらないんだ!」と憤慨しそうなほど、赤井の浮かべた微笑みは穏やかだった。



「ジョ、ジョディさん…! 赤井さんが笑ってます!」
「何があったのかしら…不気味だわ」
「あの手紙、女性からでしょうか」
「だとしたら相当入れ込んでるわよ。シュウがあんなに喜ぶなんて」
「差出人、どんな方なんでしょうね…」
「…気になるわね……」


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