2-5
「ちょっと待って、赤井さん……それはつまり、どういうこと?」
赤井に問いかけるコナンの声はわずかに震えている。考えたくない可能性を目の前に突きつけられ、彼の口調には隠し切れない苛立ちが滲んでいた。
「彼女はグレーと見なすべきだと、そう言ったんだ」
「……名前さんを疑えって言うの!?」
声を荒げるコナンに、赤井は至極冷静に返す。
「彼女の人となりそのものに疑いを持っているわけじゃないさ。むしろあれが全て演技だというなら相当だ……俺でも敵に回したくないレベルだな」
「なら、なんで…」
「証拠はないが、彼女は阿笠邸に盗聴器……あるいは通信を阻害する何らかの機器を仕掛けていた可能性がある」
「!」
赤井は「あくまで推測にすぎないが」と前置きをして続けた。
「彼女が阿笠邸に仕掛けられていた何かを持ち去ったことはほぼ確実だ。それが盗聴器であったかは定かではないが、彼女には何か裏がある―――そこはボウヤも念頭に置いておくべきだろう」
赤井が阿笠邸に仕掛けた盗聴器は、初めのうちはかなりのノイズを拾っていた。それ自体は阿笠邸にある機械のどれかと相性が悪いのかもしれないと深く考えなかったが、ある時を境に音声がクリアになったことでそれは疑念に変わった。そしてその時期に阿笠邸を訪れた人物を調べる中で、彼女の存在が浮かび上がったのだ。
赤井はそれをそのままコナンに伝えるつもりはなかったが、それでも彼女が何者であるかわからない以上、警戒を促す必要はあると考えていた。
「………ッ」
ギリギリと歯を噛むコナンには、悔しさとも焦りともつかない表情が浮かんでいた。
***
「うわーすっごーい!蒸気機関車って初めて見るぅ!」
「オレも!」
「大迫力です!」
子供たちが大興奮でベルツリー急行を見つめる隣で、名前もまた頬を紅潮させてそれを見つめていた。偽苗字名前は基本的にミーハーである。しかしそれも、「SLなのは見かけだけで、中身は最新鋭のディーゼル機関車らしいわよ」とクールに言い放った哀の言葉で萎んでしまう。
「世の中って世知辛いね……」
はあ、と落胆の息を吐いた名前を、コナンが物言いたげな表情で見つめている。
「ん?コナンくん、どうかしたの?」
膝を折って問いかけるが、「い、いや、なんでもないよ」と歯切れの悪い返答だ。「ふうん?」と気にしないことにした名前は、風邪が治りきらないらしく乾いた咳をする哀の背中をそっとさすった。
その後世良も合流し、女子高生組と一緒に乗車した名前は、レトロな雰囲気漂う車内に感動しきりである。
「さすが、雰囲気あるねー」
「でしょでしょ!早速紅茶でも飲みながらゆっくりしましょ」
「おっいいなー、賛成!」
「じゃあ私、紅茶淹れるね」
「ありがとう蘭ちゃん」
10代に混ざってきゃいきゃい騒ぐことに内心違和感を覚えないでもない名前だったが、今日だけは三十路の自分にはそっと蓋をしようと決めた。
コンコン
紅茶と会話を楽しんでいると、不意に扉がノックされる。蘭がドアを開けるとそこには封筒が落ちていて、ミステリートレイン名物である推理クイズの開始を告げるカードが入っていた。
「共犯者に選ばれました、だって」
7号車のB室と入れ替われ、という指示に従った名前たちは、早々に客室を移動する。そしてその後二回訪れたコナンを騙そうと試みるも、彼の推理によってあっという間に入れ替わりを見破られてしまうのだった。
「え?今回の推理クイズはまだ出題されてないよ?」
トリックが解けたことを車掌に伝えた一行だったが、不思議そうにそう返されて思わず顔を見合わせる。では廊下に落ちていたカードや、ここまでのやりとりはなんだったというのか?結局、入れ替わった相手に事情を聞きに行くということになり、一行は連れ立って元の客室へと向かうことになった。
「ちょっとおじさーん!もうトリック、バレちゃったわよ!出て来て説明してよ!」
園子がノックするが、返答はない。
ドアを開けようとするとチェーンロックが掛かっており、隙間から男性の姿を見た園子は「こめかみから血を流してまるで死んでいるみたい」と言う。園子はまた推理クイズのネタだと思ったようだが、硝煙の臭いを察知した世良とコナンによってチェーンロックが破られると、彼が本当に死亡していることが明らかとなる。
「ひっ……」
死体を前にした名前は青褪め、思わず口元に手をやって息を呑んだ。そしてそんな名前の様子を、コナンがじっと見つめていた。
***
世良やコナンが死体の周辺を調べ、口々に見解を述べる。サイレンサー付きで長さのある銃を使っているわりに銃創の周りに焦げ跡がないことから、殺人であるという結論に至ったようだ。
名前は努めて死体を視界に入れないようにしながら、二人の推理を聞いていた。
ふと、スマホを確認したコナンが蘭と子供たちに部屋に戻るよう促す。子供たちは当然のように手伝いを申し出るが、そこでコナンの表情が一変する。
「余計なことはすんな!俺が戻って来るまで部屋に鍵を掛けて、誰が訪ねて来ても絶対開けるんじゃねーぞ!」
「!?」
声を荒げたのは無意識だったのだろう、「殺人犯がまだうろついているから」とコナンは取り繕うが、きっと本当の理由はそれではない。先程見た彼の必死の形相は、裏で何かあったのだと思わせるのには十分だった。
廊下に出て車掌に事件の発生を伝えると、しばらくして列車内にアナウンスがかかる。それを聞きながらどこか怯えたように辺りを見回し、蘭の服の裾をずっと握っている哀を名前は見つめる。
その時、すれ違った黒い服の男を見て哀の視線が恐怖で揺れた。
それを見た名前も横目で男を確認する。頭の先から足先まで一瞬で視線を巡らせたところで、名前はあることに気付いた。
(違う……あれは女だ)
厚手の手袋を身に着けてカモフラージュしてはいたが、あの指の長さと細さは間違いなく女だ。それを前提にすれば胸板の厚さや足の長さ、首の太さに至るまで、どこか作り物めいて見えてくる。
(哀ちゃんの怯え方からして組織の人間の可能性は高そうだし……)
と、そこまで考えたところで、蘭が驚いたように声を上げた。
「あれ?あなたも乗ってたんですね、安室さん!」
声の方向を向けば、そこには愛想よく微笑む安室が立っていた。ただし黒いベストを着てどこかミステリアスな雰囲気を漂わせる今の彼は、おそらく安室というよりもバーボンなのだろう。
「ええ、運よくチケットを手に入れたので。ああ、名前さんもいらしてたんですね」
「こ、こんにちは…!」
名前は安室の登場に惚けたような表情を浮かべて挨拶を返した。彼がここにいるということは、先程名前が女と判断した男は組織の人間ということで間違いなさそうだ。
つまり、組織の人間と行動を共にするバーボンと、子供の姿とはいえ裏切り者のシェリーが同じ列車に乗り合わせていることになる。となると。
―――『組織が追っている裏切り者を、処分したと見せかけて公安で保護しようと思っています』
その舞台はここ、ミステリートレインだ。
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