2-12


安室に寿命の縮まる思いをさせられてから数日後。名前は病室のベッドでタブレットを手に、部下からの報告を確認していた。

(楠田陸道……。杯戸中央病院付近で発見された破損車両の持ち主で、車内には1mm未満の飛沫血痕を含む大量の血痕あり。本人の生死は不明)

安室が純度100%の嫌がらせで名前を連れ回したのでない限り、彼の行動には理由があるはず。名前にこの名を聞かせたということは、知られても問題ないか、あえて知らせたかのどちらかだろう。そう判断した彼女は、部下に警察のデータベースを当たらせていた。

(拳銃で死んだ人間の死体が消えるなんて、きな臭いことこの上ないな)

病室内で話さなかったということは、彼も初めは伝えるつもりはなかったのかもしれない。となればこれは彼の案件―――組織がらみの情報と考えて間違いないだろう。

そこまで考えたところで、名前は一度タブレットを置いて病室の窓を開けた。猛スピードの車が近づいてくるのが音でわかったからだ。窓から駐車場を見下ろすと、スキール音を響かせながらドリフトで駐車する車が見えた。その隣には見慣れたRX-7が続けて駐車する。

(噂をすれば)

病衣から私服に着替えた名前は、髪をポニーテールにしてマスクを装着する。先日印象づけてしまった眼鏡はやめておこう。キャビネットから目当ての物を取り出した名前は、慌てず騒がずゆっくりと待合ロビーに降りて行った。




***




慌てた様子で飛び込んで行った彼らが、どの病室に向かったまではわからない。待合ロビーで多数の患者や見舞客に紛れておくのが無難だろう。そう考えながらロビーに到着した名前は、入口近くにいるスーツ姿の男を見てそちらに足を向けた。

(FBI捜査官、アンドレ・キャメル)

外事課出身の名前は、そのツテで日本に入国した海外の警察関係者の情報を手に入れている。目的が仕事だろうが観光だろうが、日本警察はちゃんと把握してるのである。日本なめんなよ!と彼女は心の中でFBIを威嚇した。

自然な流れで壁のフロアガイドに視線を移し、それを確認するフリをしていると、「キャメル!大丈夫だった?」と同じくFBI捜査官のジョディ・スターリングが駆け寄ってくる。コナンも一緒だ。

「大丈夫って何がです?」
「組織の一員の安室って男よ!彼の車がこの病院から走り去るのが見えたから…」

(ちょ、ここ総合病院の入り口真ん前ですけどっ)

何やらこのまま話し始めそうな雰囲気を感じた名前は、彼らの死角側のポケットからシールタイプの盗聴器を取り出し、「面会時間の変更のお知らせ」と書かれた掲示物の裏にそっと忍ばせた。スマホに着信が来たフリをしながら病院を出て、耳に当てたスマホから聞こえてくる彼らの会話に耳を傾ける。

『ベ、ベルモット!?さっきのジョディさんが変装だっていうのか!?』
『うん!バーボンに何か聞かれたでしょ?』
『ああ…でも奴には何も答えてはいないよ…私のような下っ端捜査官には情報が降りて来ないとか揺さぶってきてはいたが…』
『そうやってあおってプレッシャーをかけて、仲間のジョディ先生が現れたら気が緩んで口が軽くなる…その心理を利用されたんだよ!!』

ベルモット。名前でも聞いたことのあるコードネームだ。どんな人物かまでは知らなかったが、どうやらバーボンと行動を共にしている変装の達人のようだ。ジョディに変装できるということは女性だろうか。どこか自分と重なるその人物像に、名前は胸元の辺りがチリッと痛んだ気がした。

彼らはここに来るまで、ある事件現場にいたらしい。そして病院からの呼び出しと偽った電話でまんまとここに呼び出された。ジョディと行動を共にしているFBI捜査官から情報を抜きたかったというバーボンの目的は、見事果たされたようだ。

『で?一体何の情報を漏らしちゃったわけ?』
『あ、はい…奴らのスパイでこの病院に潜入してたっていう楠田陸道の事ですよ。自分の車の中で、拳銃自殺したって』

名前はそこまで聞いて、バラバラだった情報が一つの形を成すのを感じた。

(組織の人間である楠田陸道。拳銃自殺したはずの死体は消えた。そしてそれを知りたかったバーボン……いや、降谷零)

赤井か、と名前は察した。

元々名前は洞察力と判断力こそ常人以上だが、探偵のような推理力はないと自覚していた。しかしそれは1から10を見抜くのが苦手というだけで、情報さえ集まれば持ち前の論理的思考力でなんとかなる。それに、降谷が赤井の死を疑っているという事前知識も加わればあとは簡単だ。

(なるほど、赤井が楠田を使って死を偽装している可能性がある……同じゼロである私にこの事実だけ知らせておこうと考えたのかな。確執を知る私なら、この件に関しては彼を邪魔しないだろうというのも織り込み済みで)

でもごめんね降谷くん、私知ってた……。名前は脳内で降谷に謝った。彼が情報を共有してくれようとしたのは嬉しいが、コナンと沖矢に酒で潰されたあの日から、名前は沖矢が赤井であることを確信しているのだから。もっとも、本物の死体を使って偽装しているとはさすがに思わなかったわけだが。

(さて、私はどうするべきか)

彼が降谷零個人として赤井を憎んでいる以上、公安が動くのか組織が動くのか予測がつかない。公安として死の偽装を暴くのか、組織のバーボンとして赤井の身を差し出すのか―――対象が赤井でなければ前者を選ぶだろうが、今回に限ってはどちらもあり得そうだ。

どちらにせよ名前にできることはないし、何をするつもりもない。どう転んでも彼なら上手くやるだろうという信頼もある。

彼女が心配しているのは―――

(降谷くんが望んでるのはおそらく赤井との直接対決。でもそれ危なくない?あっちにはコナンくんもいるよ?万が一降谷くんのことがバレたら私までそのうち芋づる式に……偽苗字名前の疑いも晴れてないしそこが繋がったらまずいのに……あーどうするべきか)

完全に保身だった。


prevnext

back