2-13


バーボンである安室透に赤井の生存を勘づかれたその日、翌日にでも彼が乗り込んでくると予想したコナンと赤井はある作戦を立てていた。

そしてその最中、赤井がふと別の話題を口にする。

「そういえばボウヤ。彼の情報を得る中で、彼の同僚についても少し拾えたんだが」
「同僚?……ゼロの?」
「ああ」

彼が見せたディスプレイには、整った顔立ちの女性が映し出されていた。

「苗字、名前」
「珍しい名前ではないが、少し気になってね」
「でも名前さんとは顔も年齢も…雰囲気だって全然違うよ」

偽苗字名前の顔に触れたことはあるし、頬を引っ張ったことこそないものの、あれが母やベルモットの使うような変装マスクだとは思えない。

「メイクであれだけ雰囲気を変えることは可能だと思うか?」
「どうだろう……せめてこの画像、耳が髪で隠れてなければ耳の形で比較できたかもしれないけど」

でも、もし見えてたとしても比較できたかどうか、とコナンは苦く呟く。

彼女のスマホから抽出したデータには全て目を通したが、なんの後ろ暗さもないそのデータには大きな違和感があったのだ。

―――彼女のスマホには、彼女が写った画像が一枚も存在しない。

(そして俺自身、彼女と一緒に写真を撮った記憶がない)

それが一体何を意味するのか。安室透と同じ理由なら、ディスプレイに映るこの黒髪の女性と偽苗字名前が同一人物だという証拠にもなるだろう。しかし、そうじゃなかったら?全く真逆の理由で、自分の姿を残さないようにしているのだとしたら。

「彼女自身はきっと悪い人じゃない。前回そう結論付けたけど……まだ、誰かの指示や脅迫によって動いてる可能性も否定できない」
「ああ。そうでなければ、阿笠邸から盗聴器らしき物を持ち去ったことの説明がつかないからな」
「彼女については、まだ情報が足りないんだ。もっと、核心に触れないと―――」

最近顔を合わせていない彼女の顔を思い浮かべながら、コナンは悔しそうに歯噛みした。

(あなたを信じたいんだ、名前さん)




***




病室でマカデミー賞を見るともなく見ながら消灯時間を迎えた名前は、ベッドの中でスマホを抱えながらそわそわしていた。コナンや赤井から追及の電話が来るのではないか、降谷から協力要請が来るのではないかと気が気ではなかったのだ。

しかし日付が変わっても、なんの異変も見られない。杞憂だったか?と首を捻ったところで、窓の外からマツダ特有のロータリーエンジン音が聞こえた気がして起き上がる。元々駐車場の真上にある病室だが、病室から一番近い枠内に停められたその車は、明らかに名前を待っているように見えた。

名前はそっと病室を抜け出すと、明かりの点いた守衛室の前を屈んで通り抜け、通用口を静かに開けて外へ出る。

すでにエンジンが切られているその車に近づいた名前は、助手席の窓をノックすると反応を待たずに乗り込んだ。

「お疲れ様」
「……起きてましたか」

どこか疲れたような表情の降谷がこちらを見る。

「寝てたらどうするつもりだったの?」
「……起きてたらいいな、とは思ってました」

会話が噛み合わない。よっぽどだな、と思った名前はさらっと核心に触れる。

「赤井秀一には会えた?」
「!」

グレイッシュブルーの瞳が大きく見開かれた。

「知ってたんですか?」
「それはどれに対して?…今日のことなら、昨日得た情報をもとに今日辺り乗り込むのかな、とは思ってた。赤井の生存については、降谷くんが言ってた楠田陸道を調べて気付いたよ」
「(昨日の情報って、見てたのか?)……そうですか」

視線を前に戻した降谷が、観念したように話し出した。

「沖矢昴が赤井だと睨んでいましたが……外れでした」
「……そう」

(沖矢さん、バレなかったんだ。どんな手を使ったんだろう)

名前の脳裏にはコナンの姿が浮かぶ。降谷ほどの男を振り切るとは、やはり彼の策だろうか。

「それに、僕の名前と所属が知られました」
「えっ」

これには名前も素で驚いた。

まさか本当に、そこまで掴んでしまうなんて。赤井がハッキング能力に長けているのはなんとなくわかっていたが、こうも早いとは正直予想以上だ。

「それで、同僚であるあなたの情報も危ういと思いまして」
「それはまあ、そうだろうね」

これで素顔で出歩く危険性が増した。知られた相手の素性をこちらも知っているのが不幸中の幸いか。

「すぐに偽苗字とは結び付かないと思うし、ひとまずは大丈夫」

まあ偽苗字も別件で疑われてますけどね!とは言わない。自分のヘマ言いたくない。

とりあえず公安のデータベースに侵入されたおそれがあることを上に報告しておこう。そして自分の協力者を投入してもいいからシステム強化に努めてもらおう。そこまで考えて名前は嘆息した。FBIに後れを取るなんて屈辱的である。

(そろそろ私も戻らなきゃな……戦場に)

闇夜に消えるRX-7のテールランプを眺めながら、名前は病衣の上から銃創を撫でた。


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