3-1
無事に退院した名前は、偽苗字の姿で九州のお土産を手に阿笠邸へと向かっていた。
服装は上品なベルスリーブのカットソーと、ミモレ丈のトレンチスカートを合わせたフェミニンなスタイルである。もちろんメイクもバッチリ濃いめで、タレ目メイクを施した大きな目と健康的なコーラル系リップが若々しさを演出している。
インターホンを鳴らすと、聞き慣れた声が元気いっぱいに飛び出してきた。
「わーっ!名前お姉さーん!」
「お久しぶりです!」
「姉ちゃんどこ行ってたんだ!?」
子供たちに纏わりつかれた名前は「みんな、久しぶりだね!」と顔を綻ばせる。
「あなたたちね……、そこにいたら名前さんが入れないじゃない」
遅れて現れた哀は呆れたように目を細めながら、名前を中へと促した。
「ありがとう哀ちゃん。コナンくんは今日はいないの?」
「さっき用事があるって出て行ったけど、そろそろ帰ってくるんじゃないかしら」
へえ、と返しながら阿笠邸に足を踏み入れ、出迎えた阿笠博士に「お邪魔します」と会釈する。
「名前くん、久しぶりじゃな!」
「博士、これ九州のお土産です。みんなと一緒にどうぞ」
「おお、わざわざすまんな」
「お土産!?お菓子か!?メシか!?」
名前の言葉に反応した元太が興奮気味に寄ってくるので苦笑して「お菓子だよ」と返す。それに喜びの声を上げながら、子供たちはお土産を持つ博士へと群がっていった。
その様子を横目に見た哀が「九州?」と訝しげに見上げてくる。それに答えようと名前が口を開いたところで、外に出ていたらしいコナンが戻ってきた。
「あっ、コナンくん!名前お姉さん来てるよー!」
「お土産もありますよ!」
「えっ?」
子供たちの声にバッと顔を上げたコナンと視線が絡む。
「コナンくんも、お久しぶり」
「あ、ひ、久しぶり……名前さん」
ニコリと笑いかける名前に対し、コナンは見るからに引き攣った笑顔を浮かべていた。
***
「それで、九州って?」
ソファに座ってみんなでお菓子を楽しんでいたところで、哀が再び尋ねてくる。
「ああ、私両親を早くに亡くしておばあちゃんに育てられて、そのおばあちゃんも亡くなっちゃったんだけど……おばあちゃん元々九州の人でね。そこの親戚から、たまには帰ってこいってせっつかれちゃって」
「そうだったの……あなたも大変ね」
「ほんとだよー、じじばばなんてみんな頑固だし、相手するの大変なんだから」
癒されたくてここに来たのだと、そう言ってへらっと笑ってみせる。我ながらよくもまあポンポン出てくるものだと思うが、偽苗字名前として作られた仮初の戸籍と経歴通りの内容だ。何度もシミュレーションしたそれを間違えることはない。
「……ねえ、名前さん」
「何?コナンくん」
「そっちの紙袋は?」
「ああ、これは沖矢さんの分」
「えっ沖矢さんの?」
コナンが意外そうな顔をする。隣の哀も「あの人にまで買ってきたの?」と半目だ。
「こないだ、コナンくんと沖矢さんには迷惑かけちゃったから」
「迷惑?何したのよ」
「えっ!あっ、えーと、あれは」
途端にコナンが焦り出すが、気にせず続ける。
「コナンくんと沖矢さんの三人でご飯食べててね、私がお酒飲みすぎて潰れちゃって……。朝、沖矢さんに送ってもらったの」
「はあ!?」
眉尻をへにゃりと下げて言うと、哀は眉をギッと吊り上げてコナンを睨み付けた。鋭い視線を向けられたコナンは「やべっ」と書かれた顔で冷や汗を垂らしている。
哀の大声に他の子供たちがなんだなんだとこちらを見るが、名前がそっと他のお菓子を差し出して気を逸らしておく。
「江戸川くん、あなたねえ……男が二人、寄ってたかって女を潰したの!?」
「いや、だから……その、あれはな」
「言い訳は結構よ。しかも朝帰りさせるなんて……最っ低」
プンプン怒ってくれる哀に名前は内心ニヤニヤが止まらなかったが、とりあえずフォローは入れておくことにした。
「あ、哀ちゃん……、私が色々飲みたがって迷惑かけちゃっただけだから、気にしないで。でも……怒ってくれてありがとうね」
「あなたももう少し警戒心を持ちなさいよ!」
おっと跳弾かな?矛先を向けられた名前は思わず遠い目をしかけた。
「あんな怪しい男と飲むなんてどうかしてるわ」
哀がうんざりした顔で吐き捨てる。
(言われてますよ、赤井さーん!)
「おい、灰原……」
「あなたも反省して」
「お、おう……」
ピシャリと返されてコナンはすっかりタジタジである。ちょっととばっちりを喰らった名前だったが、哀に代わりに怒ってもらおうという目的は達成できたので良しとした。女の友情をなめるなよボウヤ。
「あ、名前さん……その沖矢さんの分、ボクが代わりに渡しておこうか?」
「えっそんな、悪いよ」
「いや、このあとちょうど顔を出す予定だからさ」
「そう?じゃあ、よろしくね」
沖矢へのお土産が入った紙袋を手渡す。これからまた作戦会議だろうか。
名前の正体について、彼らならそう遠くない内に正解を導き出すだろう。名前としても彼ら相手にいつまでも隠しておけるとは思っていない。
(暴かれたなら暴かれたで、やるべきことをやるだけ)
偽苗字名前がコナンに近づいたのは、工藤新一を協力者として引き入れるためなのだから。
prev|
next
back