3-2


その日、トロピカルランドで彼を目撃したのは全くの偶然だった。

遊園地など人の多い場所が犯罪の取引現場になるのはよくあることだ。そしてあまり人の来ないエリアや建造物の陰など、現場となりそうな場所をあらかじめ把握しておくのも公安捜査官の義務である。

名前はその日、カモフラージュとして偽苗字名前の姿で友人と遊びつつ、解散後に一人で再入園してリニューアルオープンされたばかりのエリアを確認して回っていた。

そうこうしているうちにジェットコースターで殺人事件が起きたと園内がざわつき出し、園内からの退出が促される。ざわつく周囲の声に耳をそばだてると、どうも事件現場には最近噂の高校生探偵がいるという。推理力に特化した協力者が欲しかった名前は興味を惹かれ、物陰を移動してスタッフをやり過ごしつつ現場に近付いた。

「!」

取り出した軍用の双眼鏡で現場を確認すると、明らかに堅気ではない黒ずくめの二人組が映り込む。特に長い銀髪の男は只者ではない雰囲気だ。あまりジッと見つめていれば、双眼鏡越しでも視線を気取られそうである。

(絶対やばい奴じゃんあれ……どの組織だろう)

現場まで距離があるため声は聞こえず、高校生探偵の推理を鑑賞することは難しそうだ。そう判断した名前は、彼と接触するタイミングを図るため物陰でジッとその時を待った。

しばらくすると、現場から大勢の人が動く気配を感じる。

(終わったかな)

物陰からチラ、と顔を出して双眼鏡を構えると、その場を立ち去る黒ずくめの男たちを工藤新一があろうことか追いかけていくのが見えた。

(はあ?何やってんの!)

万能感に侵された若者はこれだから厄介なのだ。咄嗟に飛び出そうとするも、自分の立場を思い出して踏み止まる。偽苗字名前の姿で物騒な現場に現れるわけにはいかないし、たとえ素顔であっても目立つ行動は避けなければならない。何より、名前は今丸腰だ。

自分の正体がバレかねないというリスクと、自ら危険な行動を取った男子高校生の命とを天秤にかける。そんな自分に嫌気が差しつつも、自分がするべき行動をシミュレートした。




***




ボクッ



回り込んだ先で、銀髪の男に背後から殴られた工藤新一が倒れ込む。そして怪しげな薬を飲まされるまでの一部始終を、名前は物陰から見つめていた。

結局名前は目の前の光景を記録することを優先し、操作音を消したスマホで彼らの姿を捉えていたのだった。

(ごめんね、工藤くん)

それに気付かず立ち去った男たちの気配が完全に消えたのを確認してから、名前は倒れた工藤の元へ姿を現す。射殺されたわけではないのだから、使用された薬によっては死んでいない可能性もあるだろう。―――銀髪の男が言った「死体から毒が検出されない」という発言が正しいのなら、その可能性は限りなく低いだろうが。

もし生きていたらその時は全力で助けよう、と罪悪感を振り切って向かう名前の前には、信じがたい光景が広がっていた。

(……!?体が…!)

シュウウと噴き出す蒸気のようなものの向こうで、確かにじわじわと工藤新一の体が縮んでいくのだ。これはなんだ。何が起こっている?ハッとした名前が新一に触れると、現在進行形で縮みながらも彼の脈と呼吸は正常だった。

理解できないながらも生きているのなら回収しようと彼の体に手を回したところで、背後からの足音に気付く。警察官かランドのスタッフ辺りだろうと予測した名前はその場を諦め、再び身を隠すべく走ってその場を離れた。



目を覚ました新一が警察官に「俺は高校生だ」と主張するのを聞きながら、名前は物陰で思案する。殺すつもりで投与した薬が、思いもよらぬ作用を引き起こしたということだろうか。しかしこのままでは、幼児化した工藤新一が精神に混乱を来した子供として警察に保護されそうな勢いである。

(ここは、助けておくべきか)

存在と戸籍が一致せず、今後正体がバレればまた命を狙われる可能性がある、危うい少年。加えて彼の洞察力と推理力を思えば、公安の協力者として抱き込むにはうってつけの人材だ、と名前は瞬時に計算した。

しかしここで馬鹿正直に名乗り出るつもりもなかった。協力が得られなかった場合のリスクが高すぎるし、工藤新一を万能感に侵された無謀な子供だと評しつつも、その頭脳に勝てるとは思わなかったためだ。

―――協力者の獲得には、対象に合わせたアプローチ方法を細かく組み立てる必要がある。

彼のような人間は時間をかけて親しくなり、偽苗字名前という無害な存在を丹念に刷り込んでからアプローチするのが無難だろう。脳内に長期的な計画を思い描きながら、名前は彼らの前に姿を現した。


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