3-5
「もしかしたら、昨日の事故に関係が……すぐに警察に……」
「やめて!!」
警察に届けようと言いかけたコナンを女性が大声で制する。しかし女性はなぜ自分が止めたのかがわからないようだった。
名前は「あ、電話」とスマホを取り出し、耳に当てる。そのままそちらを見ないようにしながら、さりげなく女性の姿を撮影した。もちろんシャッター音は鳴らない。
パシャッ
ほぼ同時にコナンも女性を撮影したようだ。驚いてその場を離れようとする彼女を止め、「記憶を取り戻す手伝いをさせて」と話しかけている。
それを視界に入れながらスマホの通話口に一言二言かけて電話を切るフリをした名前は、少し迷ってその画像を降谷に送ることにした。
(昨日の爆発と無関係とは思えないし、彼女が侵入者本人だとしたら全部辻褄が合っちゃうもんな……そうするとカラコンも変装の名残だろうし)
『東都水族館 自身に関わる記憶がなく、外傷性の逆行性健忘の疑いあり 右目に黒カラコン、左目は青の裸眼 持ち物は破損したスマホと5色のカラーフィルム』
メール画面でそこまで打ち込み、どうせ答えはないだろうとわかりつつも『昨日の爆発と関係あるよね』と付け加えた。
(送信と)
偽苗字名前のスマホから送信したため、画像と送信履歴はすぐに削除する。顔を上げると、少年探偵団の面々が「お姉さんを知っている人を探すぞー!」と意気込んでいた。
***
その後コナンと灰原、残った子供たちと女性の二手に分かれて手がかりを探すことになり、名前は後者に同行した。この方がコナンも動きやすいだろうし、名前は警視庁に侵入した本人と思われる女性の動向を見張ることができる。
しかし子供たちは探す気があるのかないのか、目に入ったコーナーに片っ端から飛び込んでは遊んでしまう。女性はされるがままだし、ここは自分が止めるべきなのか?とは思いつつも、偽苗字名前らしくわたわたする姿を演じるだけに留めた。
「頑張れー!姉ちゃーん!」
「最後の一本ですよ!慎重に行ってくださーい!」
そして今は、イルカのキーホルダーを欲しがる子供たちのために女性がダーツゲームに挑戦しているところだ。結果は三本ともダブルブルで最高得点を獲得。侵入者かどうかは置いておいたとしても、只者ではないことは明らかになった。
「イエーイ!」
子供たちにハイタッチを求められた女性が戸惑いながらも応じる。
「あ、じゃあ私もー!」
名前もそれに便乗して彼女とハイタッチした。
「すごかったですね!あんなの初めてみました、私」
興奮気味に詰め寄ると、彼女はきょとんとした表情を浮かべてからクスッと笑う。
「あっ、お姉さんまた笑った!」
「やっぱり姉ちゃんは笑ったほうがいいと思うぞ!」
「ですね!」
彼女の笑顔に子供たちもご満悦のようだ。彼女は「そうかしら」と照れたように微笑む。子供たちにつられてか、随分表情が豊かになってきた。
景品がもらえると喜んだ子供たちが自分のイルカを選び始める。
「あれっ、お姉さんたちの分は?」
自分たちの分を選んだあとで、女性と名前の分がないと気付いたようだ。三発当てて三個もらえるのだから、足りなくて当然である。
「私はいいよ、何もしてないし」
名前が苦笑いで手を振る横で、女性も「私も大丈夫よ」と続いた。納得行っていない様子の彼らだったが、コナンが「おいオメーら、お姉さんの記憶を戻すんじゃなかったのかよ」とツッコむ。
「だってー……」
「このゲームをやってから始めようかと」
子供らしいやりとりに、名前と女性は顔を見合わせて笑った。
***
「こんなところで何を?帰りましょう」
観覧車に向かう列の中、通路の外から通りすがりを装って女性に声を掛けたのはブロンドの女だ。女優帽とサングラスで顔を隠してはいるものの、隠し切れない妖艶な雰囲気が漂っている。
「?」
声をかけられた女性は不思議そうにそれを見ると、子供たちの呼ぶ声に応えて駆け寄っていった。
女性を挟んで反対側にいた名前はそれを横目で確認していた。女性に素通りされた女は驚いたようにそれを見ていたので、記憶を失う前の知り合いであることは確かだろう。彼女のあの雰囲気は、そこらの一般人が出せるものではなかった。
「名前お姉さんも早く早くー!」
「あっ、ごめん、ぼーっとしてたー」
駆け寄りながら、名前の推測は確証に近づいていた。
通路を進むと、だいぶ高い位置に来たのか眼下には園内の様子が一望できる。するとそこから元太が身を乗り出し、下にいるコナンに声をかけ始めた。
「おーい!ここだっつってんだろー!?」
「!元太くん、危ないよ」
名前が止めるが、下で同じことを言っているであろうコナンに「なんでだ?」と聞き返しながら下を覗き込んでしまう。
「ちょっ、」
「わっ!?」
案の定手すりから体を滑らせた元太が、通路から落下した。
「うわあああ!」
間一髪通路の縁を掴めたはいいものの、このままでは時間の問題だ。自分の姿を考えて一瞬躊躇した名前の隣から、銀髪の女性が飛び出して元太の手を支える。元太が力尽きて今度こそ落下すると、彼女は曲線を描く壁面を滑り降りて地表近くでそれを受け止めた。
(……!)
黙って一部始終を見守っていた名前だが、女性のあまりに現実離れした身のこなしに息を呑んだ。あれなら降谷から逃げ果せることも不可能ではないだろう。
確信した。彼女は組織の人間だ。
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