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あれから医務室に向かった一行は、なぜか一番痛がっていた阿笠博士だけが治療を受け(落ちていく元太に蹴られたらしい)、コナンと話したいという哀の制止もあって観覧車には向かわないままベンチの近くに佇んでいた。

「ねえねえ名前お姉さん……」

服の裾をツンツンと引っ張り、歩美が小声で話しかけてくる。

「どうしたの?」
「あのね、コナンくんたちが見てない隙に……観覧車に乗りに行かない?」
「えっ」
「シー!コナンに見つかったら絶対ブツブツ言われるからよ、こっそり行こうぜ」

どうやら子供たちはずっと観覧車に乗りたかったようだ。周囲に視線をやると、コナンと哀はまだ二人で何やら話しているし、博士は鳩に餌をあげるのに夢中だ。

今度こそ名前が止めるべきなのだろうが、女性とともにコナンたちから離れられるこのタイミングは彼女にとっても願ったり叶ったりである。

「そうだね……じゃあ、見つかったら私が怒られてあげるね」

笑いかけると、子供たちは小声で「やった!」と喜んで駆け出した。



「げっ!コナンくんです……」

すでに乗り込んだ観覧車の中、光彦のスマホが着信を告げる。どうせ怒られるからと出ないことにしたらしい彼らは、外に見える景色に大興奮だ。

「お姉さんは、何かスポーツをやっていたのかもしれませんね!じゃなかったら、あんなふうに元太くんを助けられませんよ!」
「えっ?」
「そうかも!だってお姉さん、スタイルいいもん!」
「確かに!すごく引き締まっててキレイ!」

子供たちが女性を褒めるのに名前も便乗した。無駄な贅肉がなくしなやかな筋肉で覆われた彼女の体は、確かにアスリートだと言われても不思議ではないほどの体つきだ。スーパーモデルみたいだと褒められた彼女は、どこか気恥ずかしそうにしている。

「おおっ!噴水がでっかくなったぞ!」
「どんどん上がってくるー!」

頂上が近づき、存在を主張する大迫力の噴水と、それが作り出す幻想的な虹が間近に見える。

「ほらっ、お姉さんたちも前に来て!」

子供たちの声に誘われて下を見下ろすと、突然隣の女性が苦しそうに息を詰めるのがわかった。

「うう……っ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「どうかしたのか?」
「大丈夫よ……少しめまいが……」

何かを目にした途端に苦しんだように見えた名前が下を見下ろすが、光を照射するライトやプールが見えるだけだ。彼女は苦しそうにしながらも、後ろに下がったことで少し落ち着いたようだった。

「おっ!もうすぐ一番上に着くぞー!」
「ホントだっ!高ーい!」
「うっ!」
「!」

いざ頂上というところで、女性がついに蹲ってしまう。駆け寄った名前は、背中をさすりながら声をかけた。

「大丈夫?頭が痛むんですか?」
「うっ…う……」

子供たちは「何か思い出したのかも!」とにわかに騒ぎ出す。彼女がブツブツ呟き始めた言葉をコナンに伝えようとメモの準備をしているようだ。

彼女が呟く言葉は、名前にはすでに聞こえていた。

(ノックはキール、バーボン、スタウト、アクアビット、リースリング)

女性の背中をさすりながら、名前はすっと目を細めた。




***




観覧車を降りると、彼女はすぐに医務室に運ばれていった。コナンが連絡を取っていたのか、刑事の二人が到着して医務室に向かう。彼女はこれから警察病院に搬送されるのだ。

医務室に向かいたがる子供たちを哀が止め、コナンがその横を駆け込んでいく。

その光景を一歩引いたところから眺めながら、名前は震えるスマホを取り出した。

『彼女はまだそこに?』

一文だけの簡潔なメールは降谷からだ。昨夜の爆発と関係あるのかという問いには案の定触れてこない。

『観覧車の中で発作を起こして、これから警察病院に搬送されるところ』

送信ボタンを押そうとして、指を止める。あの情報も付け加えておかなくては。名前は彼女が発作を起こしながら発した言葉を、一字一句違わず入力して送信した。今度はすぐに返信が来る。

『ありがとうございます。その情報はまだ向こうに渡っていないので、僕は大丈夫です』

先程より少し長いそのメールは、名前の関与を拒絶しているようにも見えた。

(……嘘だったら後で一発殴ろう)

子供たちや阿笠博士からポアロに誘われた名前だったが、用事があると断って帰宅した。偽苗字名義のスマホには、他にも部下からの着信が入っていたのだ。時間は数分前。すぐにかけ直さなくては、とタクシーに飛び乗った名前は、降谷とのやりとりを全て削除してから部下の番号をタップした。


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