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静かな闇夜を疾走するのは、暗闇に溶け込む真っ黒なボディのバイク―――ヤマハのXT1200ZEスーパーテネレだ。

ドライバーが見据えるのは、数メートル先を無茶なスピードで走る一台のセダン。深夜で車通りは少ないとはいえ、このまま放置していては遅かれ早かれ事故を起こすことは目に見えていた。しかも運転手は麻薬の密売人であり、公安がかねてからマークしていた人物だ。本人も常習者なのか、絶えず車体がふらついている。

バイクのドライバーがおもむろに取り出したのはヘッケラー&コッホ社のP7だ。スクイズコッカーを採用した軍や警察向けの自動式拳銃である。暗闇の中それを構え、周囲に車や人が見えないのを確認して立て続けに発砲した。
銃声が二度響くと、正確に撃ち抜かれた二つの後輪がハンドル操作を狂わせる。失速したセダンに追いついたバイクが、今度は追い抜きざまに左側の前輪を、さらに前方から右側の前輪を炸裂させた。
セダンは蛇行しながら耳障りな音を立てて中央分離帯に接触する。それを逃がさないとでも言うように、遅れて来た三台のパトカーが車体を包囲した。

パトカーから降りた捜査官の一人が、バイクにまたがる黒ずくめの人間に敬礼する。
それを受けて片手を軽く上げたドライバーは、テールランプの尾を引きながら闇夜にその姿を溶け込ませた。




***




マンションの駐車場でバイクから降りた名前は、フルフェイスのヘルメットを脱いで嘆息した。視線の先は、愛車のいない駐車スペースだ。

(私のGT-Rぅ……)

先日別件で犯人追跡中に傷つけられてしまった愛車は、現在ディーラーで修理中である。ボンネットを思いっきりぺしゃんこにされてしまったためしばらくは戻ってこない。代車を断った彼女の移動手段は、現在第二の愛車であるこのバイクのみだ。

(修理代、経費で落ちるかな……金額やばそう……)

名前の乗るGT-Rは新車価格にしてRX-7の3倍にもなる高級車だ。ただし大破と修理を繰り返す降谷のRX-7はランニングコストが高級外車の新車価格並みになっていそうなので、それに比べればまあまあマシだと彼女は思っている。

降谷のような神がかり的なドライブテクニックを持たない名前はそもそも無茶な運転をあまりしないし、職務中の損傷も少ない。
だからこそ、以前のダークメタルグレーから今年乗り換えたばかりだった、ワンガンブルーのGT-Rの無残な姿を思い出すと胸が張り裂けそうだった。

はあ、と長いため息を吐きながら自室に向かう。玄関で靴を脱ぎ、真っ黒なレザージャケットに手をかけたところでスマホが震えた。

「はい、苗字。………え?」

登録はしていないものの見覚えのある番号の羅列はウラ理事のものだ。新しい指令なのだろうと予測をつけながら通話に出た名前だったが、その内容は思いもよらないものだった。


―――ノックリストが盗まれ、すでに他国で三人のスパイが暗殺された。至急、降谷の安全を確保してリストを回収しろ。


(あのナチュラルボーン嘘つき……!)


名前は自分を完全に棚上げして、心の中で降谷を罵倒した。




***




翌朝、警察病院を訪れた名前は、上下ともに黒いレザーのバイクウェアに身を包み、真っ黒な出で立ちで張り込んでいた。バイクは駐車位置に正しく停められているが、彼女の姿はそこから少し離れた物陰にある。

昨日、警察病院に搬送された組織の女性。彼女との接触を図るため、降谷は必ずここを訪れるはずだと名前はアタリをつけていた。

(にしても、情報共有遅すぎない?)

名前はノックリストが流出した直後に情報共有がなされなかったことに対し、かなり苛立っていた。ノックリストの流出はスパイの死を意味する。ならば、その身の安全確保が最優先事項だろう。

(降谷くんに任せすぎだし、降谷くんも自分の力を過信しすぎだよなあ)

確かに降谷が潜入捜査官である以上、公安が表立って動くわけにはいかない。かといって、彼一人の判断と能力に任せるには相手が強大すぎる。他国のスパイに手が及び始めてから指令を寄越すなんて、その間に彼が害されていたらどうするつもりだ。

しばらくすると、侵入者を追跡した時のものだろうか―――少しダメージの目立つRX-7が現れた。駐車されたRX-7の車内では、降谷がどこかに電話をかけている。

車を降りた彼のもとに向かおうとすると、それよりも早く一人の女性が現れた。

「!」

帽子とサングラスをした、ブロンドの女性だ。観覧車を待つ列で、銀髪の女性に声をかけたあの女である。名前は彼らの死角で耳をそばだてた。

「バーボン…なぜあなたがここに?」
「もちろん、あの人を連れ戻すためです」

(やっぱり彼女も組織の人間か)

「ふっ、てっきり記憶が戻る前に、あの人の口をふさぎに来たのかと」
「なぜ僕がそんなことを?言ってる意味がよくわかりませんね」
「じゃあどうやって接触するつもり?」

面会謝絶の彼女に会えるなんて、警察に特別なコネクションでもあるのかと問う女に、「さっきから何の話をしているんですか?」と笑って返すバーボン。

「ま、いいわ。立ち話もなんだし、場所を変えましょう」
「それが組織の命令だというなら仕方ありませんね」

布で隠した拳銃を突き付ける女に、降谷は大人しくRX-7に戻る。助手席に乗り込んだ女は彼に拳銃を向けたままなのだろう。少しして車が動き出す。

(自分も乗り込んだということは車内で殺す可能性は低いかな。とりあえず追おう)

ヘルメットを着けて愛車にまたがった名前は、少し距離を開けてRX-7を追いかけた。


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