3-8


RX-7が向かったのは埠頭の倉庫街だった。夕焼けが辺りを赤く照らす中、倉庫前に停められた車たちが物々しい雰囲気を醸し出している。

名前は気取られないよう迂回を繰り返し、倉庫から離れた場所にバイクを停めようとして先客がいることに気が付いた。

(真っ赤なマスタング……なんか聞き覚えが)

まさかね、と呟きつつ場所を変える。目立たないようコンテナの陰にバイクを停めて倉庫の裏手に向かうと、先程思い浮かべた通りの人物を発見した。名前は一瞬だけ躊躇った後、意を決して小声で話しかけた。

「初めまして、赤井さん」
「君は……苗字名前さんか」

ライフル片手に、倉庫裏の壁面にもたれかかっていたのは赤井だ。倉庫が作る影の中に佇む姿はなかなかに雰囲気がある。

「あなたが覗いたデータベースの通りです」
「これは痛いところを突く」

痛いなんて欠片も思っていない顔で赤井が言う。倉庫裏には小さな窓が一枚あるのみで、夕日は入口側から照らしているので中の様子は窺えそうにない。

赤井は窓のすぐ脇に立っているが、そこからなら倉庫内に反響する声を少しは拾えるのかもしれない。名前は窓を挟んで彼の反対側に身を寄せ、窓横の壁にぴったりと耳をつけた。

『我々にNOCの疑いがかかっているようですね……』

かなり聞き取りづらいが、降谷の声だ。銀髪の女性はコードネームをキュラソーといい、彼女からの連絡が不完全だったため、降谷ともう一人は生きたまま捕らえられているらしい。

「……ふむ、やはりイメージが違うな」
「はい?」
「いや、こちらの話だ」

赤井に視線をやると、彼もまたこちらを見ていた。言葉からして偽苗字名前と比較しようとしているのだろうか。彼の鋭い目には何もかも見抜かれてしまいそうでちょっとこわい。キャメルとは全然違うな、と名前は心の中で頷いた。

少しでも内部の様子を把握しようと、名前は腰に付けたバイク用のウエストバッグから双眼鏡型のデジタル暗視スコープを取り出した。

「いい物を使っているな」
「気に入ってますが米国製です。彼に見つかると睨まれるので内緒ですよ」

彼とはもちろん降谷のことだ。赤井もそれはわかっているのか、「ホォー」と興味深げに目を細めた。

倉庫の中では、一本の鉄柱に降谷ともう一人が拘束されていた。拘束しているのは手錠だ。あれくらい、彼ならきっかけさえあれば外せるだろうが、それを許してくれる相手かどうか。名前はスコープを下げて赤井に向き直った。

「この作戦、あなたのゴールは?」
「二人とも死なせるつもりはないさ」

それを聞いて名前の心は決まった。

「そう。私は彼が生きていればいいので、方法は任せます」
「……FBIの助力を受け入れるのか?」

赤井が意外そうに片眉を上げる。

「あなたがやった方が確実でしょう。目的が達成できるなら手段にはこだわりません」
「なるほど、いい女だな」
「え?」

名前は素で声を上げた。今そんな話だっただろうかと赤井を見やるが、なんとも表情の読めない男である。じっと見つめてみても何を考えているのかわからない。

「降谷くんの恋人だというのが惜しい」
「いやどこ情報……。別に誰のものでもないですけど」

深く考えずに答えてから、今のはちょっと自意識過剰な言い方だったかと名前は思った。

「それは朗報だな」
「はあ?」
「おっと、そろそろだ」
「!」

結局何が言いたいのかと思ったところで、赤井の言葉に続いて一発の銃声が響いた。スコープで中の様子を窺うと、どうやら女性の方が撃たれたようだ。ただし致命傷ではない。と、それを確認した名前の視線が発砲した男の容貌を捉える。

(長い銀髪に、あの目つき。工藤新一に薬を飲ませた奴か)

あの時から只者ではないとは思っていたが、やっぱり只者ではなかったらしい。この場を仕切っている様子から見ても、かなり上位の幹部なのだろう。

スコープから目を離した名前は再び壁に耳をつけ、会話を拾うことに集中する。拘束されている女性がキールで、今しがた60秒のカウントダウンを始めた男がウォッカ。そして銃を構えているのがジン。となると、残るブロンドの女性がベルモットだろうか。

カウントが進み、赤井が壁から少し離れてライフルを構える。上方に向けた銃口を見て、名前はなるほど、と彼がやろうとしていることを理解した。

壁から離れた赤井にカウントは聞こえていないだろうと、名前はウォッカの声に合わせてカウントを始めた(赤井なら体内時計でなんとかしそうだが)。赤井の視線がちらりと彼女を捉え、再びライフルのスコープに戻る。

「4、3、2、1……ゼロ」

ガウン!と放たれたライフルの弾が、窓ガラスを穿って倉庫内のライトを撃ち落とした。ライトが割れて倉庫が暗闇に包まれたところで名前がスコープを覗くが、降谷は拘束を抜けはしたもののまだ倉庫内にいるようだ。

「俺が行こう」

返答を待たず、赤井が倉庫の入口に向かって走り出した。すぐに扉を開け放つ音が聞こえ、倉庫からはそれを追って男が出て行く。降谷が扉を開けて逃げたように偽装してくれたのだ。

(スマートすぎるな、あの男)

名前が倉庫内の会話を確認するが、どうやら小窓の破損には気付かれていないようだ。

たった今キュラソーからラムという幹部にメールが届き、バーボンとキールの疑いは晴れたらしい。キールの解放はメールが本人からのものと確認でき次第とのことだが、キュラソーの記憶は戻っていないので全てコナンによる工作だろう。

そこまで確認した名前は、バイクを回収するべくその場を離れた。


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