3-9


組織の人間はもう倉庫を去ったのだろう、RX-7に乗り込もうとしている降谷に接近してバイクを停める。

「!苗字さん」

バイクにまたがったままヘルメットを脱いだ名前に、降谷が驚いたように声をかけた。

「来てたんですか」
「今は君の安全確保が任務だから」

それも本当だが、同時にリストの回収も命じられていることは伏せておく。彼もこのまま回収に向かうのだろう。

「行き先は水族館?」
「……気付いていましたか」
「あのカラーフィルム、観覧車の頂上から見えるスポットライトと同じ配色だよね。動画で確認した」

そして彼の部下である風見が彼女を水族館に連れ出しているのも、自身の部下を通して把握済みである。

「車、どうするの?このまま水族館には行けないでしょう」
「車は途中で隠して、あとは走って向かいますよ」
「そう。じゃあ同行するね」
「え?」

降谷が珍しくぽかんと口を開けてこちらを見る。しかし名前も譲れない。

「仕事なので」

ニッコリ笑って言ってやると、彼はようやく諦めたように口の端を上げた。




***




車を隠した降谷が公衆電話で風見に連絡するのを眺める。彼は風見に、キュラソーとともに観覧車に乗るよう指示していた。

「苗字さん」

通話を終えた降谷がこちらを見る。名前はそれに答えず、彼にヘルメットを放り投げた。

「あの」
「先回りしたいんでしょ。乗って」

言いながら、自分もヘルメットを着ける。降谷は少し迷ってから、名前に倣ってヘルメットを着けた。

後ろに座った降谷が名前に掴まったのを確認してバイクを走らせる。大きな体を屈めて抱き着いてくるのがなんだか可愛くて笑いそうになるが、不謹慎なので必死で堪えた。

「私も結構背高い方だと思うんだけどな…」
「何か言いました?」
「なんでもなーい!」

結局少し笑ってしまって、「なんなんですか?」と訝しがられる羽目になる名前だった。




***




「ここでいいの?」
「ええ」

水族館から少し離れたところに停めると、降谷がヘルメットを脱いでバイクを降りる。名前はウエストバッグからある物を取り出すと降谷に手渡した。

「ペンライト…ですか?」
「スマホ、車に置いてきたでしょ?夜だし灯りが必要になることもあるかと思って」

予備もあるからと告げると、彼は礼を言って走り去った。

「さて」

名前はスマホを取り出して番号をタップする。完全に暗記しているそれはウラ理事のものだ。

「―――降谷確保しました。ひとまずNOCの疑いも晴れたようです」
『よくやった。リストはどうだ』
「彼が今回収に向かいました。私も向かいますが、彼とは少し違うアプローチを考えています」
『いいだろう。ぬかるなよ』
「了解しました」

通話を終えた名前は、再び水族館に向けてバイクを走らせる。

駐車場に着いてバイクを停めると、公安の車両の中に部下のものを発見して乗り込んだ。後部座席には偽苗字名前の服や靴、ウィッグ、化粧道具などが用意されている。名前は部下から情報を得ながら、素早く姿を変えた。

車を降りた名前は、近くに停められている車を見て回った。先程部下から聞いた話では、子供たちも毛利の車でここに向かったらしい。

(あっ)

毛利小五郎の車を発見し覗き込むが、そこには寝ている小五郎が一人残されているだけだ。落胆して辺りを見渡すと、今到着したばかりのタクシーから哀が降りるのが見えた。

「哀ちゃん!」
「! 名前さん、どうしてここに?」
「友達と待ち合わせてたんだけどドタキャンされて……哀ちゃんがいるからビックリしちゃった」

哀はコナンと同じ犯人追跡メガネを装着している。もしかしなくても、コナンや子供たちを探すつもりなのだろう。

「哀ちゃんは何か困りごと?」

自分の目元を指差しながら、暗にメガネのことを示すと哀が視線を泳がせた。

「……いえ、なんでも」
「哀ちゃん」
「!」

少し語調を強めると、哀がハッと顔を上げた。

「大人を頼ってって、言ったでしょう?」

多少強引だが仕方ない。彼女に同行させてもらうのがきっとベストだ。そう判断した名前の有無を言わせない笑みに、哀は少し戸惑ったように頷いた。




***




その頃観覧車の上では、先回りしていた降谷と赤井が対峙していた。

倉庫のライトに向けた狙撃と、扉を開け走り去る音。それが赤井の仕業であると踏んでいた降谷は、なぜあんな危険を冒してまで助けたのかと問いかけた。

「わざわざこんなところまでお喋りに来たのかな?」
「ええ、FBIに手を引けと言いに来たんですよ。キュラソーは我々公安がもらい受けるとね」
「嫌だ…と言ったら?」
「力ずくで奪うまで!」

それが合図だと言うかのように、降谷が赤井に飛び掛かる。殴り合いの戦闘を始めた二人は、観覧車の上という不安定な足場であっても危なげなく立ち回る。

しばらくの間互角の戦いを見せた二人だったが、赤井が降谷の腕を、降谷が赤井の肘を受け止めたことで二人の動きが一瞬止まった。

「こんなことをしている間にキュラソーの記憶が戻り、奴らが仕掛けてきたらどうする?」
「ハッキリ言ったらどうなんだ!情報を盗まれた日本の警察なんて信用できないと!」
「彼女は躊躇わず俺の手を借りたぞ」
「!」

赤井の言葉に、降谷が一人の女性を思い浮かべる。―――そうだ。あの場所にいた彼女が、赤井と行動を共にしていた可能性をどうして考えなかった?

「目的のためなら手段は問わないと言ってな。魅力的な女性じゃないか」
「……お前が、彼女を、語るなぁぁあッ!!」

掴まれていた腕を力任せに振り解き、後方に跳躍して距離を取る。プライドに囚われず徹底した合理主義を貫く彼女のことだ、赤井が適任であると判断したなら躊躇わずに任せるのだろう。それが彼女の長所であるはずなのに、相手が赤井であるというだけでこんなにも気に食わない。

「すまない。幸い誰のものでもないと聞いたのでね」
「赤井ぃぃーーッ!!」

煽られているのはわかるが、止まれなかった。一度開けた距離を再び詰め、拳を振り上げながら降谷は咆哮した。


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