3-10
「まずはどこに向かう?」
チケットを買って入園を済ませ、名前が哀に話しかける。
「まず江戸川くんと合流したいの」
「わかった。そのメガネで位置はわかる?」
「ええ、ちょっと待って」
彼女が追跡メガネを起動するのを待つ。
「……やっぱり、観覧車なの」
レンズ越しに観覧車を見上げる彼女に、名前もつられてそれを見上げた。と、その最上部で弾けるように動く黒い影が見えた気がして、彼女は思わず目を擦る。
(え?いやいや、まさか。あんなところに人がいるわけ……)
再度目をこらすと、点ほどの小さなその影が二つに増える。
(いやいや、ないない)
こんな時に肉弾戦を繰り広げる二つの人影に心当たりがないわけでもなかったが、こんな時だよ?さすがにないよね?と名前は思考を打ち払った。
「名前さん、行くわよ」
「あっ、うん」
観覧車に向かう哀の隣に並ぶ。多色ライトが織り成す光と夜景の競演や、大迫力のプロジェクションマッピングを楽しもうと多くの人が巨大観覧車に向かっている。
「混んでるね……コナンくん、乗れたんだと思う?」
「どうかしら。追いつけるといいんだけど」
「哀ちゃんも、観覧車に乗るのが目的じゃないんだよね?」
「ええ、彼と合流できればそれでいいわ」
じゃあ、と哀の手を引く。
「え?」
「列の方じゃなくて、観覧車の正面に出てみよう。メガネでも見やすくなるから」
「……そうね」
人の流れを外れ、観覧車が正面に見える位置に向かう。少し離れた位置から追跡メガネを起動して、哀が息を呑んだ。
「どういうこと?人が乗ってない…」
放送ではナイトプログラムの開始がアナウンスされているというのに、こちらから見える観覧車には人が全く乗っていないらしい。
(人払いしたのか)
頂上まで確実にキュラソーを連れていくため、公安が二つある観覧車の片方を空けさせたのだろう。
「!まさか!?」
そこで哀が何かに気付いた。
「なんであの子たち…!」
「え?」
風見とキュラソーしかいないはずの観覧車で、子供たちの乗るゴンドラを発見したようだ。公安の隙を突くとは恐ろしい子供たちである。
バッと駆け出そうとした哀の腕を、名前が掴んで止める。
「!?」
「哀ちゃん」
突然動きを止められて驚く哀に、その場にしゃがんだ名前が視線の高さを合わせた。
「子供たちは観覧車のゴンドラに乗ってる。あそこは今一般人が乗れないようになっているはずだから、コナンくんは多分……観覧車内部だろうね」
「え……」
「哀ちゃんはどっちに行きたい?」
哀の反応から全てを見透かそうとしているような、鋭い視線に哀の体がビクリと震える。
「哀ちゃんが行きたい方に行こう。私がそこまで、必ず連れて行ってあげる」
言いながら、哀には名前がすでに答えを知っているようにも見えた。何もかも任せてしまいたくなるような温かさと、底冷えするような冷徹な光が共存する瞳。返答を待つ彼女にじっと見据えられながら、哀は震える口唇を動かした。
「わ、私は―――」
***
哀は、子供たちの元へ行くことを優先した。その答えを予測していた名前は、あえて哀の口から言わせたのだ。「名前と一緒に行く」のではなく「名前に連れて行ってもらう」ことになった哀は、これで彼女に借りができた。
今回は偽苗字名前らしくわたわた戸惑っている暇はない。だからこそ最終的に、哀には名前の味方でいてもらわないと困るのだ。
観覧車内部に通じる階段の下へ来た時、付近の照明が一斉に消えた。
「!」
不自然な停電は奴らの手によるものだろう。名前は哀を抱え上げると、階段を猛スピードで駆け上がり始めた。
「ちょっと、名前さん!?」
「舌噛むよ」
「…!」
動いている観覧車のゴンドラに辿り着くには、観覧車内部の通路を移動する必要がある。手すりに飛び乗って通路から通路を跳躍して移動し、経路をショートカットしながら目的地へと向かった。
(コナンくんに会わないな。何かトラブルが…?)
一段上の通路に飛び乗ろうと手すりに身を乗り出した時、名前の視界にあるものが映った。
(あれは…)
その正体を確認した名前は、体からふっと力を抜いた。
「えっ」
戸惑うような哀の声が聞こえる。このままでは落ちる―――
哀がぎゅっと瞼を閉じた瞬間、落ちかけた名前の腕を誰かが掴んだ。上から落ちてきたキュラソーだ。
「あ、あなた…どうして……」
無言でキュラソーを見上げる名前の代わりに、腕の中の哀が問いかけた。
「…なぜ助けたかなんてわからない。でも私は、どんな色にでもなれるキュラソー……前の自分より、今の自分の方が気分がいい。ただ、それだけよ」
彼女はそう言うと腕に力を込め、二人を引っ張り上げる。通路に足を付けた名前が「ありがとう」と彼女に笑いかけた。
「……あなた、わざとよね?今の」
「え?」
キュラソーの問いに、哀が驚いた顔で名前を見上げる。
「あなたが今どちらなのか、はっきりさせたかったの」
おかげでよくわかった、と笑う名前を、哀が信じられないものを見るかのような顔で見つめている。
「名前さん……あなた…」
遮るように名前が笑いかけると、哀がぐっと言葉を飲み込んだ。きっと今は何も答えてくれない。彼女はそう察した。
「子供たちがまだゴンドラに残されてるの。一緒に行ってくれる?」
名前の言葉にハッと目を見開いたキュラソーは、苦々しげに眉根を寄せながら「ええ」と頷いた。
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