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※一部グロ注意


軋む観覧車を見て最悪の事態を想像した名前が、坂の下へと脱兎のごとく走り出す。観覧車内部には、おそらくまだコナンや赤井、降谷がいるはずだ。彼らがこんな緊急事態を手をこまねいて見ているはずがない。

なら名前は、地表に降りているというアドバンテージを利用して何か策を打たなければならない。このままでは唯一電気が点いているイルカショー会場に一直線だ。

名前のポケットでスマホが一度だけ短く震える。

「!」

走りながら取り出したスマホは、沈黙したはずの発信器が動き出したことを知らせていた。彼女が生きている。

(移動先は建設途中のエリア……なるほど!)

こんな巨大な鉄塊、人の手では歯が立たないだろう。彼女もギシギシ揺れる観覧車を目にし、起こりうる最悪の事態を予測して重機のあるエリアへ向かったのだ。頭のいい人間はこれだから助かる。

背後で転がり出した観覧車の気配を感じながら、名前もまた転がるように坂の下を目指した。

「いやこれ……きっつ……!」

動き始めた観覧車が、次第に速度を上げていく。名前は舌打ちするが、さすがに人の足でこれ以上の速さは出せない。

(こんな時のためのスケボーでしょコナンくーん!)

今はいないコナンに向かって心の中で叫ぶが、彼も今観覧車内部で必死なのだろう。早く早くと祈りながら、彼らの行動を待った。

するとビィンと何かが張り詰めるような音を立てながら、観覧車が静止した。

「!」

足を止めずに振り返る名前の視線の先には、突如動きを止めた観覧車が見える。暗くて詳細はわからないが、先程の音から考えるとコナンの伸縮サスペンダーとかその辺りだろうか。こんな巨大な鉄塊を止めるほどとは、その強度と伸縮性は一体どうなっているのだろうか。正直ノーベル賞ものでは?

(今のうちに距離を稼がなきゃ)

止まったはずの観覧車だが、今にも動き出しそうにギシギシと音を立てている。何トンあるのかは知らないが、そう長く止めてはいられないだろう。

案の定動き出した観覧車だが、今度は上部でサッカーボールが膨らんでいくのが見える。コナンのベルトから飛び出すあのボールだろうか。ボールはみるみる膨らむが、観覧車を止めるには至らない。

観覧車より一足先にイルカショー会場に到着した名前は、足を止めて観覧車を振り返る。

(まだか……!)

その時、建築途中のエリアからクレーン車が飛び出すのが見えた。

「来た!」

名前は方向を変えて走り出す。

キュラソーの操るクレーン車は、長い首を観覧車に引っ掛けてその動きを押し留めた。しかし完全な静止には至らないようで、メインアームが耳障りな音を立てて変形する。

その時名前はクレーン車の後部から車体に飛び乗り、運転席のドアをこじ開けていた。

「!」

キュラソーが視線だけでこちらを見る。彼女の頭上で、クレーン車の天井が変形していくのがスローモーションのように見えた。

「早く!」

名前は上半身と左足だけを運転席に入れ、レバーを引く彼女の左腕を掴むと、車体側面に右足を突っ張りながら力任せに引っ張った。座席に固定されていない彼女の体は引かれるままに運転席から転がり出す。

同時に観覧車に乗り上げられたクレーン車はグシャリと潰れ、爆音とともに炎と熱風を噴き出した。

「っ! あっ……うぁっ」

爆風で吹き飛ばされた二人の体が、コンクリートに二回、三回と叩きつけられて転がる。受け身を取る余裕などなく、全身が容赦なく打ち付けられた。

「………う…」

名前は高温に曝されて朦朧とする意識をなんとか押し留め、体を起こした。全身が痛すぎて、もはやどこが痛いのかよくわからない。爆音のせいで耳鳴りもひどい。

視線を上げると、観覧車は無事止まっていた。下敷きになったクレーン車からは未だに炎が噴き上がっている。

「キュラソー……」

少し離れたところに吹き飛ばされた彼女のところに這うようにして向かい、横向きになっていた彼女の体を仰向けにする。

「!」

腹部を鉄筋に貫かれている彼女の出血は酷いものだった。爆発の衝撃をモロに受けたのか、右足は膝下がひしゃげて血まみれだ。

「……くそっ」

名前はスキニーからベルトを引き抜き、太腿を強く締めて止血した。腹部の鉄骨は抜かないまま搬送した方がいいだろう。微弱だが脈も呼吸もあることを確認し、救急に通報した。




***




到着した救急車に、担架に乗せられたキュラソーが運び込まれる。その傍らには捜査官の肩を借りた風見の姿も見えた。

担架から落ちた薄汚れたイルカは、いつかは知らないがキュラソーが子供たちからもらった物らしい。コナンが拾い上げると、風見がそれをよく見せてほしいと頼む。

「まさか…記録媒体?」

風見がイルカを眺めるが、コナンは「思い出だよ」と静かに返した。

「調べて、問題なさそうだったらお姉さんに渡してあげてね」
「わ、わかった」

名前はそのやり取りをパトカーの陰から見守っていた。

ピンクブラウンのウィッグは毛先が焦げてしまっているし、服もボロボロだ。流血こそしていないものの、皮膚にはところどころ血が滲んでいる。こんな姿を見られるわけにはいかない。

と思ったところで、コナンの後ろに立つ哀がふとこちらを振り向いた。

「!」

ボロボロな名前を見て彼女が目を見開くが、シーと口元に指を立ててそれを制す。その様子に気付いたコナンが振り向く前に、名前はその場をそっと離れた。

(はー、しんど)

こんなに痛い思いをしたのはいつぶりだろうか。初心を思い出せということだろうか。名前は朦朧とする意識の中で、取り留めもないことを考えていた。

早々に部下と合流して、家に帰ろう。報告書も全部明日に回して、今はとにかく早く眠りたい。

不意に足先の感覚が薄れ、カクッと膝が折れた。地面に叩きつけられることを覚悟した名前がぎゅっと目を瞑るが、いつまで経ってもその衝撃はやってこない。

「……?」

ぼんやりとした意識の中、誰かの腕が自分を支えているのだと気付いた。

「まったく……無茶をする」

(……ふるやくん…)

聞き慣れた声が耳に届いたところで、今度こそ名前の意識は深く沈んだ。


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