3-15


―――子供たちが偽苗字名前に会いたがっているらしい。

哀からの連絡を受けた名前は、阿笠邸の前にやってきていた。焦げてしまったウィッグは部下に超特急で用意してもらい、肌にはところどころガーゼや絆創膏が貼られてはいるものの、なんとかお馴染みの姿に変身済みだ。

余談だが彼女が使うウィッグは地毛と区別がつかないよう厳選されたものばかりなので、すぐに用意しろと言われた部下は苦労したことだろう。やはり優秀な男である。

ピンポーン

インターホンの音に、ドタドタと複数の足音が近づいてくる。少し前もこんなことがあったような、と既視感を覚える彼女の前に、子供たちが飛び出してきた。

「名前お姉さーん!」
「こんにちはー!」
「姉ちゃんお土産ー!」

相変わらず明るくて微笑ましいが、一人は煩悩丸出しだ。名前は笑いながら手元の紙袋を差し出した。

「はいこれ、みんなで食べてね」
「やったー!」
「お菓子か!?メシか!?早く見ようぜ!」
「待ってください元太くん!まずは博士に見せてからですよ!」

騒がしく中へ戻っていく子供たちを見ながら、彼女もそれに続く。

「こんにちはー」
「おお名前くん、よく来たな!」

何か作っている最中だったのか、頭にゴーグルを着けた博士が迎えてくれる。靴を脱いで中に入ると、ソファに座るコナンと哀が挨拶を返してくれた。

「おいオメーら……名前さんに渡したいものがあったんじゃねーのかよ?」
「そうでした!」
「いっけなーい!」

呆れたように言うコナンに、子供たちがハッとした様子で名前に駆け寄る。

「ホラ姉ちゃん、これ、姉ちゃんの分!」

元太が手渡してくれたそれは、イルカのキーホルダーだった。

「これ……!」

色の付いていない真っ白なそれは、子供たちやキュラソーが持っているものと同じデザインだ。

「あの人には渡せたけど、名前さんには会えていなかったから。この子たち、ずっと渡したがってたのよ」

隣に座る哀が詳しく教えてくれる。

「で、でも私、ダーツゲームで何もしてないよ」
「そんなの関係ないです!」
「これ友達の印だからな!」
「名前お姉さんも歩美たちのお友達だもん!」

口々に話す子供たちに、名前は思わずそのイルカをぎゅっと握り締めた。

「……ありがとう。すっごく嬉しい。大切にするね」

へにゃりと微笑んだ彼女に、子供たちも満足げに頷いた。




***




「ところで名前さん、その怪我はどうしたの?」

みんなでお菓子を囲んでいると、コナンが問いかけてくる。大体の傷は瘡蓋になったものの、メイクで隠せないものは絆創膏やガーゼで覆われている状態だ。

「これね、実は駅の階段から落ちちゃって……」
「えっ、大丈夫だったの?」
「人も多かったから、そんなに勢いよく落ちたわけじゃないの」
「そ、そう……」

ラッシュって怖いよね、と真顔で言う名前に、コナンは「大丈夫かこの人」という顔で苦笑いを零した。



コナンが阿笠博士に呼ばれて席を外すと、名前は隣の哀に話しかける。

「哀ちゃん、あの人何色に塗ってた?」

手に持ったままのイルカを見せながら聞くと、哀が少し考え込む。

「かなり汚れてたけど、多分白いままだった気がするわ」
「そっか。じゃあ私も白いままにしようかな。その方が、あの人とおそろいみたいだし」
「……そうね」

あの日ボロボロになった名前を見た哀は、クレーン車からキュラソーを救出したのが名前だと気付いているのだろう。嬉しそうにイルカを眺める彼女を、どこか穏やかな表情で見つめていた。




***




「名前お姉さんバイバーイ!」
「また遊びに来てくださいねー!」
「次はメシでも行こうぜ!うな重特盛な!」

大声で手を振る子供たちと、それを後ろで見守る小さな保護者二人に見送られながら、名前もまた手を振って阿笠邸を後にした。

手元のイルカをニヤニヤ見つめながら歩いていると、通りかかった工藤邸の門が開くところだった。

「おや」
「あ、沖矢さん」

出掛けるのだろうか。いつも通りのタートルネックセーターに身を包んだ沖矢が門から出てくるところだった。

「名前さん、奇遇ですね」
「ふふ、そうですね。今阿笠さんのところからの帰りなんです」

(いや多分聞いてたよね?盗聴器で)

とは思っていても言わない名前である。なんなら以前阿笠邸でコナンが哀に怒られているのも聞いていたと思うが、女を酒で潰した件で一人怒られるコナンの様子をどんな表情で聞いていたのだろうか。

「そういえば名前さん、先日はお土産をありがとうございました」
「いえいえ、大したものではないですが」
「早速使いましたよ。調味料にこだわるというのもいいものですね」

名前が沖矢にあげたお土産は、長崎の金蝶ソースをはじめとする九州名産の調味料たちだ。料理に目覚めた凄腕スナイパーにも刺さったらしい。

「時に、その怪我は?」

来たか、と名前は思わず唸る。聞いていただろうにこの男、と思いながら「駅の階段から〜」のくだりを繰り返す。嘘とはいえ恥ずかしい。

「そうでしたか、気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」

じゃあまた、と足を進めようとしたところで、「名前さん」と呼び止められた。

「やはりあなたは、魅力的な女性だ」
「……え?」
「いえ、お気をつけて」
「あ、はい。では……」

唐突な発言に混乱した名前だったが、見送られることに若干の居心地の悪さを感じながらも再び歩き出す。

工藤邸からすっかり遠ざかったころ、名前の脳裏には降谷の言葉が思い出されていた。

―――赤井が、あなたを魅力的だと言いました

(え…もしかしてもう確信してる?)

いやまさかね…と自分に言い聞かせつつも、赤井ならあり得るとついつい納得してしまう。そして彼ならまあ大丈夫だろうと、降谷が知ったら怒り狂いそうなことを考える名前だった。


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