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翌日、園子に誘われた名前が内心震えながらポアロに向かうと、ドアを開けた途端「ギターが来たー!」と叫ばれて緊張が吹き飛んだ。

「ギター?えっと、なんの話?」

テーブル席の通路側には園子と世良が、ソファ席には蘭とコナンが座っている。コナンを蘭と挟む形でソファに腰を下ろした名前は、突然叫んだ園子に問いかけた。

「今ウチらで女子高生バンド組もうって話してたんですよー!」
「ちなみにボクがベースで…」
「私がキーボードっていう話になって」

私はドラムよ!と園子が鼻息荒く言う。

「ちょ、ちょっと待って?私そもそも女子高生じゃないし」
「名前さんなら全然イケるわ!そのままギャル路線でもいいし、黒髪のウィッグとかかぶってもいいし!」
「黒髪……」

(ちょっとそこのコナンくん、シリアスな顔で考え込まない)

いまだに偽苗字名前に疑念を抱いている彼はこんな時でも抜け目ない。黒髪で同名の公安捜査官の顔とか思い出さなくていい。

「いや、でも…私ギターできないよ?不器用だし、多分練習したとしても無理かなぁ……」

テーブルにはカウントダウン演芸大会とかいうチラシがあった。やろうと思えばできるが、こんなことで目立つのはごめんだった。

「ええ〜!あっ、じゃあ梓さんは?」
「え?私?」

園子が次なる標的に選んだのは、隣のテーブルを片付けようとしていた梓だ。

「で、でも私、ギターとか触ったことないし…ギターって難しいんじゃ」
「もうっ、梓さんまで!そんなのちょっと練習すればすぐ弾けるようになるって!ジャジャーンってさ!」

真面目にやっている人が聞いたら怒りそうだな、と名前が思ったのも束の間、彼女の言葉は実際にバンドマンの不興を買ったようだった。

「んじゃ弾いてみろよ!」
「え?」
「俺のギター貸してやるからよ…」

隣の席の男がギターを手渡す。園子はそれを受け取ったはいいものの、一音も鳴らせず途方に暮れている。笑い飛ばす男たちに園子が半泣きになったところで、背後から現れた安室が助け舟を出した。

「貸して…」

園子からギターを取り上げた安室が、高速で弦をかき鳴らす。フィニッシュはキュイインと高音でシメるサービスの良さだ。

「まあ、この子達もちょっと練習すればこれくらい弾けますよ」

ニッコリ笑って男たちにギターを返した後は、「園子さんもビッグマウスはほどほどに」と片目を瞑ってみせる。一連の流れがスマートすぎて名前は呆気に取られていた。しかも安室はこの後JKバンドの練習を見てくれるのだという。どこまでスマートなんだ。

「なあアンタ、ボクとどこかで会ったことないか?」

浮かれるメンバーの中で一人、世良だけは安室に探るような視線を向けていた。

「今日が初めてだと…思いますけど?」

安室もいつも通りの笑顔で答えるが、どこか空気が張り詰めている。ただならぬ雰囲気を感じ取りながら、名前は今日一日が平和に終わるよう願った。




***




「ウソ!?部屋が全部埋まってる!?」

訪れたライブハウスはあいにく満室のようで、部屋が空くまで地下の休憩所で時間を潰すことになった。

休憩所でも楽器を借りて曲の雰囲気だけでも教えてもらおうということになり、まずはベースを構えた世良が音階を弾く。兄の友人に教わったのだという。

蘭や名前たちに褒められて照れる世良に、安室が問いかける。

「ベースを教えてくれたその男の顔…覚えてますか?」
「まあ…なんとなく…。どうしてわかったんだ?その友人が男だって」
「まあ…なんとなく…」

(空気ピリつかせないで!)

偽苗字名前として腑抜けた顔をしていなければいけない彼女にとって、シリアスな空気感は鬼門である。どうも二人にとっては「世良の兄の友人」がキーポイントになるようだ。

「もォーみんな気合い抜け過ぎじゃないの!?」

その時、休憩所の隣のテーブルを使用していた女性たちが何やら揉め始める。メンバーの追悼ライブが近いのに、他のメンバーの気が弛みすぎだと一人が怒っているようだ。その内一人は仮眠を取りにスタジオに入ってしまい、終始バラバラな空気感を漂わせていた。




***




「では曲は沖野ヨーコさんの「ダンディライオン」だとして、誰がボーカルをやるんですか?」
「え?」

安室の問いに、どこか押し付けあうような空気が流れる。園子も世良も、なぜか話題に上った工藤新一も却下という流れで、自然と視線は名前に集中する。

「え?私?」
「名前さん、歌はどうなんだ?」
「そういえば名前さんとカラオケとか行ったことないわね」
「確かに!」

完全に保護者か付き添いのつもりでいたため思わず素できょとんとした名前に、女子高生たちが畳みかける。

「僕は名前さんに一票ですね」

組んだ手に顎を乗せた安室が、ニッコリ笑って爆弾を落とした。

「えっ安室さん、名前さんの歌聴いたことあるの?」
「ええ、まあ……お上手ですよ、とってもね」

(怒ってるー!?)

笑顔のままどこか意味深な言い方をする安室に、名前は昨夜感じた恐怖を思い出していた。この男、怒っている。

つけられたキスマークはショーメイク用のコンシーラーで念入りに消してあるが、彼の中で昨日のドイツ人シンガーが名前であるというのは確定事項らしい。

「えー、いつの間に!?」
「そんなに上手いなら、名前さんがボーカルで決まりだな」
「ちょ、ちょっと……」

今まで安室とは店員と客という距離感を崩さずに来たのに、ここへきてちょっと仲良さそうな感じを出さないでほしいものである。コナンもどこか探るような目で名前と安室を見ている。

どうにか場をやり過ごそうと名前が口を開いたところで、階段の上から女性たちの悲鳴が聞こえてきた。

「!」
「この悲鳴…さっきのバンドの人たちじゃないか!?」
「上のスタジオからですね…」

探偵である安室とコナン、世良が階段を駆け上がる。辿り着いた先のスタジオでは、先程揉めていたバンドの一人が首を絞められて殺害されていた。

(た、助かった…?)

殺人事件の発生に緊張感が走る現場で、名前は一人、不謹慎極まりないことを考えていた。


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