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修理に出していたGT-Rが戻ってきた。

「おかえり……!!」

自宅マンションの駐車場にて、ピカピカの車体に抱き着く女の姿は異様である。

降谷に告白されてからやたら寿命の縮む出来事が多いわキュラソーはまだ目覚めないわで荒んでいた彼女にとって、愛車の帰還はここ最近で一番嬉しいニュースだった。もう修理代も気にならない。

「はー、ドライブしよう」

ドライブという名の登庁だが。

いつもと違うルートで、いつもより少し長めに時間を使って本庁に向かう。途中、橋の欄干を使って腹筋をする男を見かけたが、彼女が選んだコマンドは「見ないフリ」だった。何あれやばい。

「苗字さん、おはようございます」
「おはよう」

同僚に挨拶を返しながらデスクに着いたところで、バッグに入れていた偽苗字名前のスマホが着信を告げた。

(メール…園子からだ)

『推理オタクの家、金曜日の学校帰りに掃除するんで17時集合で!しっかりオシャレして来てくださいねっ』

掃除にオシャレとは。名前は唐突に現実に引き戻された気がしてデスクに突っ伏した。




***




「沖矢さん!今日は特別ゲスト連れて来ましたー!」
「お邪魔します……」

金曜日の17時。結局勢いに負けて来てしまった。名前は困ったように眉尻を下げながら、今すぐ逃げたい衝動を押し隠していた。

「おや、名前さんも。わざわざありがとうございます」
「い、いえ」

園子のテンションにも動じない沖矢に若干救われる。ちなみにオシャレしろと園子は言ったが、掃除ということで汚れても構わないジーンズ姿だ。合流時にツッコまれたがそこは許してほしいものである。

工藤邸は部屋数が多いので、今回は一番よく使う書斎や応接室、客間などを中心に掃除することになった。女子高生たちはハタキを手に書斎に向かったので、名前はこれ幸いと応接室に逃げ込んだ。真面目に掃除を済ませて、早々に退散しよう。

持参したハンディモップで、棚や暖炉の上のホコリを取り除いていく。もはやこの家で、暖炉の存在程度ではツッコまない。

「あ、名前さん。そっち側の棚届かないでしょ。脚立持って来る?」

様子を見に来たコナンが、そう声をかけてくる。それをありがたく受けると、少しして沖矢が脚立を運んできた。

(そりゃそうか。コナンくんじゃ持てないもんね)

「ありがとうございます、沖矢さん」
「いえ、一人ではなかなか行き届かないので助かります」

沖矢の後ろからはコナンもついてきていた。おや、ここは君の家なんだけど、掃除は?

「ねーねー、名前さんって安室さんと仲いいの?」
「え?なんで?」

脚立に上って棚上のホコリを取りながら聞き返す。

「だって安室さん、名前さんが歌上手いの知ってるって」

カラオケでも行ったんじゃないの?と続けるコナンに、名前は用意していた答えを差し出した。

「お店かあの近くでしか会ったことないけど…。私がたまにお店のBGMに合わせて口ずさんでるのとか、聞いてたのかなあ」
「ふーん?」
「コナンくんだって、鼻歌だけでもオンチってわかるでしょ?多分そんな感じだと思うけど」

高い位置からニッコリ笑ってやると、コナンの表情が引き攣った。

「あ、なるほど…。ハハ…」

乾いた笑いを零すコナンに、名前は詮索よりまず掃除をしろと思った。ふと見ると、沖矢は雑巾とバケツを持ち込んで窓枠を拭き上げている。一人になろうと逃げ込んだはずが、結局このメンバーになってしまったことに名前は項垂れた。




***




コナンにも口より手を動かすようさりげなく促しつつ、なんとか応接室と客間の掃除を終えた沖矢とコナン、名前の三人。女子高生組のいる書斎に戻ると、沖矢が園子に話しかけた。

「そういえば世良真純さん…でしたっけ?彼女は来なかったんですね」
「ああ、世良ちゃんも誘ったんだけど」
「なんかまたホテルを引っ越すからバタバタしてるらしくて」

いくら赤井といえど妹の近況は気になるのだろうか。世良の周りに変わった人を見なかったか、と二人に問いかける。

「変わった人?」
「そう、例えば…絶えず周囲を警戒し、危険な相手なら瞬時に制圧する能力に長けた「浅香」という名の…。まあ、そうは名乗っていないでしょうけど」

(いや具体的すぎない?)

例えばどころか名指し。しかもずいぶん異様な人物像である。本当にそんな人物が妹の周りをうろついているなら心中穏やかでないだろうな、と名前は思いつつ、神妙な顔つきをしているコナンを横目で見てそれが組織関係の人間であると当たりをつけていた。

「アサカっていえば…ロックミュージシャンの波土禄道が今度出す新曲のタイトルが「アサカ」だよ!」

波土禄道といえば、もう40歳近いベテランのミュージシャンだったか。そんな彼が17年間温めていた曲を今度のライブでお披露目するらしく、そのタイトルが「アサカ」というらしい。

そのタイトル表記が「ASAKA」ではなく「ASACA」だと話したところで、沖矢とコナンの雰囲気が一変した。

「ねぇなんで!?なんで「KA」が「CA」なの!?絶対何か理由があるはずだよ!思い当たらない!?」

焦ったような表情を浮かべ、コナンが園子に詰め寄る。その勢いに押された彼女は「さ、さぁ」と答えつつも「そんなに聞きたいなら本人に聞けば?」と付け加えた。どうやらライブ前日のリハーサルを見学する予定になっているらしい。コナンは「ホント!?」と目を丸くしている。

「よろしければそのリハーサル、私も見学してよろしいでしょうか?波土禄道の大ファンなので!」

絶対嘘だ。と名前は思ったが、詰め寄る沖矢に園子は目をハートにして了承した。

そしてそのタイトルが発表されたのが先週だと知ると、沖矢とコナンが表情を固くする。

「…コナンくん、コナンくん」
「えっ、な、何?」
「アサカの「カ」が「CA」だと、何かあるの?」

隣にしゃがみ込んで小声で聞くと、コナンは目に見えて狼狽えた。相変わらず彼は自分への追及には弱い。

「いっ、いやあ、なんでかなーって、疑問に思って!」
「ふうん?確かに珍しいよね」
「で、でしょ?」
「どこかで同じ表記を見たのかと思っちゃった」

邪気のない顔で笑いかけると、彼の頬を冷や汗が伝った。

「コナンくんがあんなに焦るなんて、珍しいもん」
「そ、そうかな……?」
「うん。もし私に何かできることがあったら、また教えてね」

追及の手を緩めた名前に、コナンがあからさまに息を吐く。わかりやすいぞ高校生。

「ねえ名前さん!名前さんもリハーサル行くでしょ!?」
「え?」

興奮気味に話しかけてくる園子に顔を向けると、その顔には「沖矢さんも行くんだから!」と書いてあるように見える。

「い、いや、私はいいよ。ロックもよくわからないし」

慌てて断る名前だったが、女子高生の押しの強さには勝てた試しがなかった。


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