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「ええっ、リハーサルが見学できない!?」

波土禄道のライブリハーサル当日。

マンションに迎えに行くとまで息巻かれて仕方なく同行した名前だったが、どうやら肝心の歌詞が完成しておらず、波土本人が会場に籠ってしまったためリハーサルができないらしい。

彼に振り回されることは初めてではないようで、現れた大柄な男性(レコード会社社長らしい)は「最後のライブだから好きにさせてあげましょう」と言う。

「さ、最後って…」
「波土さんが引退するって噂マジだったの!?」

蘭と園子が驚きの声を上げ、男性はそれを肯定した。今回のライブのラストでファンに伝える予定になっているそうだ。

その後怪しい風貌の雑誌記者がスタッフジャンパーを着て現れ、マネージャーの女性と少し揉めていたようだったが、彼女に部外者だと明かされてつまみ出されてしまった。

「じゃあウチらも帰ろっか?」
「そだね、明日学校だし…。名前さんもすみません、せっかく来てもらったのに」
「あ、ううん…それは大丈夫だけど」

あっさり帰ろうとする二人を疑問に思うが、それは沖矢も同じだったらしい。リハーサルを見なくていいのか問う沖矢に、二人は「大してファンじゃない」と答えた。

(えっ、じゃあ私はなんのために…?)

忙しい身でなかなか必死に時間を捻出したんですけど…?と遠い目をする名前。

「ではここに来ようと言い出したのは?」

沖矢の疑問ももっともである。しかしそれに答えたのは、彼女たちではなかった。

「僕ですよ…」

聞き慣れた声に名前が振り向くと、そこにいたのは案の定降谷だった。ただし黒を基調とした服装でボトムスのブーツインまでしているキメッキメの彼は、安室ですらなさそうだ。おそらくバーボンだろう。

「ポアロで僕が波土さんの大ファンだと話したら、リハーサルを見られるように園子さんが手配してくれたんです」

嬉しそうに語る安室の隣には、梓が寄り添っている。そこだけ見るとお馴染みの光景ではあるが、バーボンに寄り添う梓というのがものすごい違和感である。しかも腕までガッチリ組んでいる。

(梓さん、キャラ変…?)

一瞬とぼけたことを考えた名前だったが、すぐに思い直した。炎上を恐れる梓が彼にべったりくっついているのは不自然すぎるし、変装したベルモットがバーボンに同行していると考えた方が納得できる。

梓は蘭と園子に、「お店じゃ隠してたけど実は波土さんの大ファンなの!」と話している。ベルモットとちゃんと接触したことのない名前は、彼女がどこまで自分の情報を得ているかわからず、コナンの隣で様子を見ることにした。

「あなたも来ていたんですね?沖矢昴さん…。先日はどうも。僕のこと覚えていますか?」
「えっと、あなたは確か…宅配業者の方ですよね?」
「え、ええ…まあ…」

名前には会話の意味こそわからないものの、降谷に以前のような刺々しい雰囲気はない。どうやら沖矢が赤井であるという疑念は完全に晴れたままのようだ。

沖矢との会話を終えた安室が、名前の方を向き直る。その表情はいつも通りにこやかだ。

「名前さんも波戸禄道のファンだったんですか?」
「あ、私は特に…。ロックにも、あまり詳しくなくて」
「おや、そうなんですか。…じゃあ誰かの付き添いで?」

例えば沖矢さんとか…と小さく付け加えた安室に、名前は偽苗字らしくへにゃりと眉尻を下げて「違いますよー」と困ったように笑う。

「どちらかというと、彼女たちに押し切られた感じで…」

苦笑しながら女子高生組を見る名前に、安室も「なるほど」と納得したように苦笑を返した。

「名前さんはお優しいですね」
「ひえっ、そんな」

安室の微笑みに両頬を押さえて赤面しながら、名前は視線をウロウロとさまよわせる。そんな彼女をコナンは「名前さん…」と半目で見上げている。

表面上はいつも通りだが、たった数ターンのやりとりで名前のライフはガシガシ削られていた。お願いだから帰らせてほしい。

「さ、蘭!私たちは帰ろっかー」
「そうだね」

蘭と園子がコナンの手を引いて出入口に足を向けたところで、「今だ!」と目を輝かせた名前がそれに続こうとする。

「あっ、名前さんはそちらの大ファン三人とごゆっくり…」
「え?」

いたずらっぽくウインクする園子がチラッと見た先は―――沖矢だ。いやいや、そうはさせるか、ここは譲れないと口を開いた名前より早く、コナンが声を上げた。

「ね、ねえ!梓姉ちゃん!波土さんを好きになったのってやっぱりギターが上手なトコだよね?梓姉ちゃんもギターすっごく上手だし!」
「ええ、もちろんそうよ!」
「!」

コナンの雑なカマかけに、ベルモットは驚くほどあっさり引っかかる。

「あれ?梓さん、ギター触ったこともないって言ってませんでした?」
「ああ、あの時は女子高生のバンドに入るのが恥ずかしくて思わず…ゴメンね!」

それらしく言い逃れるベルモットの姿を、コナンは確信に満ちた表情で見つめている。これだけ人がいればコナンが騒ぎ立てることもないと思っているのか、その堂々とした立ち居振る舞いはいっそ尊敬に値するほどだ。

(…すごい。見た目も声も、本当に梓さんそのものだ)

名前は内心、感心していた。

名前は声音こそいくらでも変えられるが、それは決して声帯模写ではない。特定の人間と全く同じ声を出すということはできないのだ。やればできるかもしれないが、彼女のように完璧にとはいかないだろう。

(確かにこれは達人だなあ)

本人と寸分違わぬ変装マスクを作り出す技術といい、これは自分には真似できそうにない。敵ながらあっぱれである。名前はあっさり負けを認めていた。

潜入捜査とはいえ、きっと降谷にとっても彼女との仕事はやりやすいだろう。と安室に視線を向けると、彼は沖矢とすっかり意気投合した様子で談笑していた。

思わず自分の目を疑った名前だった。


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