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今回爆破事件を担当する日下部検事は、負け知らずの敏腕検事として知られているらしい。

白鳥警部のもたらした情報に、橘弁護士は「あら大変!」と他人事のような反応をしている。去年起こったNAZU不正アクセス事件も日下部検事が担当しており、弁護を担当した橘弁護士は「もちろん負けた」と苦笑いだ。やはりこの弁護士、やる気が全く感じられない。

その後しばらくして、日下部検事が追加捜査を求めていると白鳥警部が伝えに来た。

(…検事が?)

公安事件であれば検事はそのまま起訴に持っていくのが通例だが、追加捜査を求めるとは意外だ。しかしその主張も統括によって弾かれ、公安的配慮による起訴が決まったようだ。

(まあ、そうなるだろうけど…)

焦れたコナンは、「目暮警部に話を聞いてくる!」と警視庁に向けて飛び出していった。

その界隈を今の姿でうろつくわけにはいかない名前は、窓側に寄って蘭や妃の死角となる耳にイヤホンを装着した。ついでに気休めだが両耳を髪で隠しておく。

コナンがいない時しか堂々と盗聴できないからこその行動だが、ちょうどタイミングがよかったらしい。しばらくすると衣擦れの音の向こうにコナンの声が聞こえ、コナンと降谷が接触したのがわかった。

『毛利先生がどうしたって?』
『安室君』
『聞いてたの?』
『何を?僕は毛利先生が心配で、ポアロから差し入れを持って来ただけだよ』

今拘置所にいる毛利には会えないこと、差し入れもできないことを指摘され、降谷はあっさり退散したようだ。と思いきや、風見が小声で『2291投入成功』と囁くのが聞こえてきた。

(なるほど、この接触のためにわざわざ警視庁に)

二人の接触は一瞬だったようで、遠くの方でコナンの「返してよー!」と駄々をこねる声と、戸惑う風見の声が聞こえてきて、やがて何も聞こえなくなった。

(今の……)

名前はコナンのこの手法を知っていた。大人の首や手にぶらさがり、子供らしく喚き立てるフリをして盗聴器や発信器を取り付けるのだ。間違いない。今、彼は風見に何かをつけた。




***




しばらくして事務所に戻ってきたコナンとともに、捜査資料を確認することになった一同。テーブルの上には供述調書と現場鑑定書、現場鑑識写真が広げられ、コナンがそれを食い入るように見る。

「…名前さん?」
「え?」
「大丈夫ですか?ちょっと顔色が悪いみたい」

蘭に指摘され、名前は内心動揺した。建物の残骸や爆発現場の写真を見て、脳裏には現場に駆け付けた時の光景が鮮明に思い起こされていたからだ。

「ぜ、全然大丈夫!すごい爆発だったんだなって、ちょっと想像しちゃって……」

偽苗字らしく、眉尻を下げてそう答えておく。顔に出てしまうなんてゼロ失格だ。

チラッとコナンを確認するが、彼は資料に夢中で名前たちのやりとりには気付いていない。彼はきっと一瞬の綻びも見逃しはしないだろう。名前は改めて気を引き締めた。

一通り資料を確認した後、コナンが「ちょっとトイレ」と席を外す。風見につけた盗聴器か何かの確認だろうか。名前もソファに座ったまま壁側の耳にイヤホンを取り付けると、大型スーパーに買い出しに出ているらしい梓と降谷の会話が聞こえてきた。

そのまま特に意識せず耳を傾けていると、『降谷さん』と彼を呼ぶ風見の声が耳に入る。風見は事件化にこだわる降谷を疑問に思っているようだ。事故で処理されたとしても、令状なしの違法捜査に踏み切ればいいのでは、と風見は問う。

『合法的な手段も残しておかないと、自分の首を絞めることになる。自ら行った違法な作業は自らカタをつける、それが公安だからだ』

何が最も日本を守ることになるかを考えた上で、決めなければならない。降谷は相変わらず公安捜査官の鑑のような男だった。




***




翌日、東京地方裁判所で公判前整理手続きが行われた。手続きが終わると、コナンはスケボーを抱えて出て行ってしまう。

(この時間…捜査会議かな)

名前もまた用事があるとその場を離れると、イヤホンを装着する。ノイズがひどい。

(持ち歩いてはくれてるみたいだけど…。今日はポケットの中かも)

発信器の機能は問題なさそうなので故障ではないだろう。そう判断してイヤホンの音量を上げた。

『捜査会議の盗聴かな?』

盗聴という単語が彼の口から出たことで一瞬ドキッとする。

『毛利小五郎のこととなると、君は一生懸命だね』
『な、なんでここが』
『それとも…蘭姉ちゃんのためかな?』

コナンに接触を図ってどうするのかと耳をそばだてていると、降谷がどこかに向かって「構わない、出てこい」と声をかける。その場に現れたのは風見のようだ。少しの沈黙の後、「くっ」と痛みに耐えるような風見の声が聞こえる。

『これでよく公安が務まるな』

その後に聞こえた何かが割れるような音は、彼につけられた盗聴器を壊した音だろうか。降谷はその場を離れたようで、またノイズしか聞こえなくなった。

名前が事務所に戻ろうと歩き出すと、通りがかったコンビニから蘭が出てくるところだった。

「あ、名前さん」
「蘭ちゃん、今戻るところ?」
「はい。名前さんは、用事は?」
「私も終わったから、事務所に戻るよ。一緒に行こ」

二人並んで事務所に向かう。ビルが近づいてきたところで、スケボーで疾走するコナンが一足先にビルのエントランスに入っていくのが見えた。誰かと話しているのか、近づくにつれて彼の話す声が聞こえてくる。

「……犯人はネットでガス栓を操作し、現場をガスで充満させてから、IoT圧力ポットを「発火物」にしてサミット会場を爆破したんだ!…うん、小五郎のおじさんにはできっこないよ!」
「それ、本当?」
「えっ!?」

話しかけた蘭に、コナンがスマホを取り落としそうな勢いで動揺した。いつも通り「新一兄ちゃんが言ってた」ことにして電話を切った彼に、蘭は嬉しそうにしている。

「……やっぱり、コナンくんはすごいなあ」
「え?いや、名前さん、だから今のは新一兄ちゃんが」
「うん、そうだね。…でも、やっぱりすごいよ」

名前は情報から可能性を見出だすことはできても、彼のような穴のない推理はできない。これできっと、彼の推理を聞いていた降谷もまた動くだろう。事件化に成功し、毛利も不起訴になるはずだ。


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