4-11
その日の夕方、夕焼けで赤く染まる弁護士事務所に毛利が不起訴になったという知らせがもたらされた。蘭は涙を浮かべて喜び、園子や新一に知らせなければと駆け出していく。そしてそれと入れ替わるようにして、橘弁護士が姿を現した。
「これは?なぜ私や元事務員のことをお調べになっているんですか?」
彼女が持つ資料は、コナンの指示で事務員の栗山が調べたものだった。
「よく調べてある。あなたも優秀な事務員のようね」
「あなたも?羽場さんは窃盗事件を起こして、境子先生の事務所を潰した悪い人さんだよね?」
「あれは二三一のせいじゃない!」
コナンの指摘に橘弁護士が激昂する。
彼女の事務所で事務員をしていた羽場二三一は、拘置所内で公安警察の取り調べを受けた後に自殺したのだという。
(それって…)
名前の脳裏には一つの可能性が思い浮かんでいた。すなわち、死を偽装された羽場二三一が別の人間として生きている可能性だ。
滅多にあることではないが、公安ならそれが可能だ。実際に名前もそれに近い手法で一人の人間を「殺し」、新たに戸籍を用意して協力者を獲得した経験がある。
(可能性はある)
橘弁護士が事務所を去ると、白鳥警部はこれからNAZUの協力のもと、犯人のNorを調べるのだと明かした。そしてNAZUがサミット初日である今日、「はくちょう」を着水させるのだと話した途端、コナンの顔つきが変わった。
「そんな…まさか…」
コナンは栗山にNAZU不正アクセス事件の詳しい資料を送るよう言い残し、事務所を飛び出していく。
入れ違いに入ってきた蘭に、名前は声をかけた。
「蘭ちゃん、ごめん。私用事ができたから行かなきゃ」
「え?は、はい」
名前はビルを出ると、近くの路地裏に停めてあったバイクへ急いだ。座席下のメットインからヘルメットを取り出すと、その下にぎゅうぎゅうに詰め込むようにして入れられていた黒いバイクウェアへと着替える。
盗聴用のイヤホンを装着した状態でヘルメットを着け、発信器の示す方向へと愛車を走らせた。
***
少し先の路上に停まるRX-7を見つけ、名前はそっとバイクを路肩に寄せた。イヤホンから聞こえる音声に集中する。
『なぜアプリを抜かなかった?』
『今から犯人に会うからさ』
『まさかテロの犯人が…?』
『うん、動機もね。動機は安室さん、アンタたちだ!』
(羽場二三一を自殺に追い込んだことによる、公安警察への強い恨み…)
羽場が拘置所で自殺したのは、去年の今日だったのだという。犯人の復讐がまだ終わっていないと判断したコナンと降谷が、猛スピードで走り出した。
名前もそれに続くが、IoTテロによる混乱で事故が相次ぐ。立ち往生する車両や倒れる標識が彼女の行く手を塞いだ。
「くそっ…!」
発信器を確認しながら脇道に逸れた名前は、やがてイヤホンから聞こえてきた「警視庁」という単語にアクセルを強く握り込んだ。
***
警視庁に到着したコナンは、安室を伴って庁舎内に入った。そしてそこで発見したテロの犯人―――日下部検事に事件の全容を突きつける。
コナンの推理を聞いて徐々に表情を強張らせていく日下部は、おもむろに安室に飛び掛かると、彼が持っていた自身のスマホを奪って屋外に逃走する。
「待て!」
彼のスマホにNorを使った痕跡があるのだというコナンに、安室が走るスピードを上げた。コナンは植え込みに置かれた空き缶をキック力増強シューズで蹴りつけるが、それを食らってもなお日下部は走り続ける。
「くそっ、ダメか!」
「問題ない!」
駐車場に停められている車の上を走り、安室がみるみる距離を縮めていく。しかし彼が日下部に追いつくより早く、植木の陰から姿を現した人物がいた。
「! 誰だ、あれ…!?」
コナンが見つめる先に現れたのは、黒いフルフェイスヘルメットを着け、黒いバイクウェアに身を包んだ―――おそらく女性だ。
「くそぉっ!」
「危ない!」
日下部が女性に向かって拳を振りかぶる。コナンが思わず声を上げた次の瞬間、少しの動きでそれを避けた女性が日下部の胴体に向けて強烈なミドルキックを叩き込んだ。
「ぐ……っ!?」
強制的に体をくの字に折られた日下部がその場に蹲る。それを後ろから来た安室が即座に拘束した。
「日下部検事、あなたがテロを起こした動機は本当に公安警察なのか!?」
女性の存在を気にした様子もなく、安室が日下部に問いかける。日下部は腹部への衝撃が抜けないのか、えずくように咳き込んで答えられないでいた。
(安室さん、動じてない。もしかして彼女も公安警察の捜査官か?)
女性捜査官というところで、コナンの脳裏には以前公安のデータベースで見た女性の姿が浮かんでいた。
(苗字名前…)
少しして、一頻り咳き込んだ日下部が苦々しげに動機を語り始めた。
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