4-12


日下部がテロを起こした動機は、公安警察の威信を失墜させるためだった。サミット会場が爆破され、アメリカの探査機が東京に落ちれば、公安警察の顔に泥を塗ることになる。

その一方で民間人には被害を出さないよう、公安警察しかいないタイミングで会場を爆破し、死亡者の出にくいIoTテロを選んだのだという。

「正義のためには多少の犠牲はやむを得ない!」
「そんなの正義じゃない!」

間髪入れず返すコナンに、日下部は自分の協力者も犠牲になったのだと項垂れた。協力者とは羽場二三一のことだ。羽場は日下部の指示でゲーム会社に忍び込み、データを盗み出そうとしたところを窃盗で逮捕された。彼は公安検察の協力者であることを最後まで明かさず、拘置所内で自殺したのだという。

不正アクセスして変更したコードを教えるよう求めるコナンに、日下部は「公安検察は正義を守るプロだ!取り調べでも一切を黙秘する」と息巻いた。

その姿を見てか、それまでじっと様子を見守っていたヘルメットの女性が動き出した。

「!」

日下部の胸倉を強く掴んで顔を近づけると、地を這うような低い声で言う。

「…あの爆発で私の部下は死んだ。正義に身を捧げた優秀な男だった。それが正義のために必要な「多少の」犠牲だった…?民間人でなければ、公安警察の捜査官なら死んでもよかった?……傲慢も、大概にしろよ…! お前はただの人殺しだ。お前に正義はない!」
「……なっ!」

投げつけられた正論に、日下部が怒りに顔を赤くする。すると唇を震わせた日下部が反論するより早く、安室が女性の肩に手を置いた。女性はそれにピクリと反応すると、すぐに手の力を抜く。

「……もう邪魔はしない。ごめん」
「いえ」

これで気が済んだと言わんばかりに踵を返した女性が、コナンの横を通り抜ける。

(……え?)

その時ふわりと舞った香りは、コナンにとっては覚えがありすぎるものだった。

「―――名前さん!」

バッと振り返ったコナンが女性の背中に叫ぶが、女性は足を止めない。

「名前さんだよね!?」

バイクにまたがって走り去るまで、彼女がコナンの声に反応を示すことはなかった。

「コナンくん」

安室の呼ぶ声にハッとしたコナンが、今の状況を思い出す。そうだ、今は一分一秒も無駄にできない。スマホを取り出したコナンは、その画面を日下部に差し出した。




***




名前は自宅マンションに向けてバイクを走らせながら、上空で起こった爆発を見つめていた。カプセルの軌道をずらすために、ドローンで運んだ爆弾をぶつけたことによるものだ。

片耳に着けたままのイヤホンからは、現場の音声が流れ込んでくる。

それを聞き流していた名前だったが、どこか焦ったような降谷の声がして耳を傾ける。太平洋に落とすはずだったカプセルが、軌道を変えてエッジ・オブ・オーシャンに向かっているらしい。

今、そこには三万人が避難している。おそらく蘭や園子、毛利たちも。

(……大丈夫。きっと大丈夫)

関われない名前は、祈るしかない。でもきっと大丈夫だ。今度は降谷がコナンの協力者になって、二人でそこに向かっているのだから。




***




その頃、安室とコナンは安室の神がかり的なドライビングテクニックによって目的のビルに到着していた。ここから一分後に加速できれば、計算上は間に合うはずだ。

「愛の力は偉大だな」
「え?」

蘭のことを思い浮かべていたコナンに、安室が唐突に言う。

「…前から聞きたかったんだけど、安室さんて彼女いるの?」

コナンが問いかけると、安室は照れたように鼻下に指をやって「好きな人はいるけど…恋人ではないな」と答えた。そしてハンドルを強く握り込む。


「今の恋人は……この国さ!」



急激な加速後にRX-7が宙に飛び出す。コナンが蹴り出したボールがカプセルに衝突して、夜空に大輪の花を咲かせた。

宙に投げ出された二人は、安室が銃弾を打ち込んだ窓からビルの中に転がり込む。

そこで安室と対峙したコナンは、安室が毛利を巻き込んだ理由の答え合わせをした。そして結局、全てはコナンの力を借りるために仕組まれたことだったと知る。

「もう一つだけ聞かせてくれる?」
「なんだい?」
「愛の力は偉大だって安室さんは言ったけど……安室さんも好きな人がいるからこれだけのことをやれたんじゃない?」

その質問は想定外だったのか、安室が目を瞬かせる。それから諦めたようにふっと笑って話し始めた。

「いや、今回のことは本当に、国のためにできることをしただけだよ。彼女に対しては……むしろ何もしなかった」
「え?」

安室がジャケットのポケットに目をやるが、そこに入れていた物は先程の衝撃でどこかに落としてしまったようだ。ここでの言葉は彼女に届いてはいないだろう。

「彼女のやったことは褒められたことではないんだが、今回ばかりは好きにさせてあげたいと思ってね。あえて何もしないという選択をしたんだ」
「……それで、その人は?」
「さあ…。スッキリしたのか、それとも自己嫌悪に陥っているのか……それはわからないよ」
「じゃあ、答え合わせをしないとだね」

コナンの言葉に、安室は「そうだね」と笑う。どちらからともなく背を向けると、今度こそ別々の方向に歩き出した。




***




しばらく歩いたところに、ワンガンブルーのGT-Rが停まっていた。降谷が運転席を覗き込むと、運転手はハンドルに突っ伏しているようだった。

助手席側に回った降谷が窓をノックするが、反応がない。降谷は勝手に乗り込むことにしてドアを開けた。

「変装、解けてますよ」
「……もう終わったんだからいいの」
「なるほど」

降谷がシートに座っても、彼女は顔を上げない。

「答え合わせをしたいんですが……今回、僕の判断は合ってたんでしょうか?」
「それ、私に聞く?」
「あなたに聞きたいです」

そこでようやく彼女が顔を上げる。降谷の顔をじっと見て、困ったように眉尻を下げた。

「…うーん、どうなんだろうね」
「正答なしですか」
「そういうケースもあるよ」
「確かに」

降谷が笑うと、彼女はため息を吐きながら「早く手当てしなきゃね」と車を動かした。

「ああ、あのペンライト…また失くしてしまいました。すみません」
「いいよ、またあげる。……今度は普通のやつ」
「ありがとうございます」

笑顔で礼を言った降谷に、チラッとこちらを見た彼女がまた前を向く。

「……ありがとう」
「何か言いました?」

そこでようやく彼女がプッと噴き出した。「聞こえたくせに」と笑みを浮かべている。

降谷は、自分が嘘つきであることを自覚している。そして彼女も嘘つきだ。それでも相変わらず、心地のいい関係だった。


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