5-4


「型にこだわりすぎ」
「はいっ、すみません苗字さん」

柔道場で自分より体格のいい部下を投げ飛ばした名前は、目についた点を挙げ連ねる。

「相手の動きに目が行きすぎ、動きが読みやすすぎ、表情に出すぎ」

あとは、と淀みなく話す名前に部下は大きな体を縮こまらせてそれを聞いていた。

「君は優秀なんだけど、イレギュラーな事態への対応力に欠けるね」
「す、すみません」
「まあ、みんな最初は通る道だよ」

ふっと笑いながら、彼女の脳裏にはある人物が浮かぶ。

「いい先生がいるから、今度連れて来てあげる」

今日はキュラソーの義足が完成する日だ。彼女ならすぐ慣れるだろうし、彼女の予測しにくい動きは型でガチガチな警察官にもいい刺激になるだろう。

(その時は風見くんも誘おうかな)

同じく柔軟性に欠ける男を思い浮かべて、名前は柔道場を後にした。




***




「いい感じね」

目の前で感覚を確かめるようにピョンピョン跳ねる彼女を見て、名前は言葉を失った。リハビリとは…?

「…さすがキュラソー」

出来上がった義足を装着して数分。試しに立ってみようと提案された彼女は瞬時に感覚を掴み、すでに片足立ちもジャンプも危なげなくこなしている。これには医師も業者も呆然としていた。

「ずっと病院生活だから、体を動かしたくて仕方ないのよ」

組織の件が片付くまでは、彼女の身を守るためにも警察病院での缶詰がベストだ。だがこの様子を見ると、護衛につけた捜査官より片足が義足の彼女の方がよっぽど戦えそうである。

「うーん、そうだなあ…ちょっと相談してみようか」



結果として、彼女には変装と時間制限ありでの外出が許可された。

今は名前の部屋で一緒に食事をしたり、近場で買い物をしたり、少しずつ行動範囲を広げながら義足を馴染ませている。

名前のトレーニングに付き合ってくれることもあるが、相変わらずの身のこなしで義足の存在を忘れそうなほどだ。彼女が捜査官たちの非公式トレーニングコーチに就任する日も近そうである。


この時点で、降谷と最後に会ってから一ヶ月が経過していた。




***




「わぁっ、名前さんお久しぶりです!」

ポアロに足を踏み入れると、梓が花もほころぶような笑顔で駆け寄ってくれた。名前も偽苗字の姿で「お久しぶりです!」と笑いかける。

「梓さんもお元気そうで!」
「ふふっ、私はいつでもモリモリですよ!」

ない力こぶを見せてくれた梓が、今日はカウンターですか?と問いかける。

「あ、今日は」

名前が答えようとしたところで、ポアロのドアベルがカランと鳴った。

「名前さん、お待たせ!」

現れたのはにっこにこのコナンである。

「あ、コナンくんと待ち合わせでした?じゃあこっちですね!」

梓が案内してくれた奥のテーブル席にコナンと座る。注文したコーヒーを待ちながらも、コナンはどこかソワソワした様子だ。

「で、名前さん。例の物は?」

待ちきれないと言わんばかりに目を輝かせるコナンに、名前はふっふっふっと怪しく笑う。

「じゃーん!こちらです!」
「よっしゃ、来た来た!」

名前がトートバッグから取り出した茶封筒を受け取り、コナンはいそいそと中の紙をテーブルに出した。早速食い入るように内容に目を通すコナンを、行儀悪く頬杖をついた名前が楽しげに見つめている。

協力者になったコナンと名前の関係は、二人の間に疑惑が生まれる以前のように良好だった。

そもそも犯罪組織や諜報員が用いる文書は、彼らだけが知る符牒を用いて暗号化されていることが多い。ラテン語やスワヒリ語でカモフラージュされている程度なら名前一人でもどうにかなるのだが、念入りに暗号化されてしまうとお手上げだった。

元々そういった暗号の解読係が欲しかった名前だが、取引でやむを得ず協力者になったにもかかわらずコナンはノリノリだ。どうも、難解な暗号に探偵魂がくすぐられてしまうらしい。

(ほんと、根っからの推理オタクだなあ)

最近ではちょっと間が空くと「なんか面白いネタないの?」と催促される始末だ。貪欲か。

梓が運んできたコーヒーを受け取って、暗号に夢中なコナンに小声で話しかける。

「そういえば、最近はどう?」
「んー」
「ちょっと、暗号それが本題じゃないよー?」
「ああ、ごめんごめん」

暗号に集中するあまり生返事になっていたコナンが、ようやく顔を上げる。そこでやっとコーヒーが置かれていることに気付いたようで、彼もそれに口をつけた。

「報告の通りだよ。今のところ順調だね」
「そっか」

赤井やコナンからは定期的に報告がある。それによると事は順調に運んでいるようで、降谷もまだ赤井の介入には気付いていないらしい。

組織の情報を得たコナンは、降谷が取り得る行動を瞬時にシミュレートした。そこから時間をかけて選択肢を絞り込み、彼が本格的に動き出すタイミングなども大体の当たりをつけていた。

彼の邪魔をせず、彼に気取られず、彼を守りながらその助力をする。

名前の期待に、彼らは応えようとしてくれていた。


prevnext

back