※ネームレス
※Twitterで一週間毎日更新に挑戦した松田お相手の同棲シリーズ (小話×7本)



▼月曜日

けたたましく鳴るアラームが朝を知らせる。うーうー唸りながらそれを止めて、「陣平くん、おはよー」と隣で眠る松田に声をかける彼女。
「おー…」と半分上がった瞼から青みがかった瞳が覗くけど、昨夜帰りが遅かった松田が起き上がる気配はない。
「月曜日だねー。あー行きたくないなぁ」
目は覚めてもなかなかベッドから出られずウダウダする彼女を、まだ半分寝てる松田が引き寄せる。ちゅ、と軽く触れ合う二人の唇。
「……がんばれ」
うん、がんばる。思わずきゅんとしてそう即答しつつ、「って、陣平くんも出勤だから!」と我に返って松田を起こすところから一週間が始まる。
「もっと手抜けよ」と言われながらそれなりの朝食とそれなりの弁当を用意して、自分の準備は後回しな彼女。その間に松田も洗濯や洗い物を欠伸混じりに手早く済ませ、一緒に家を出て別方向へ。
帰る時間はバラバラだけど同じ空間にいるだけで落ち着くし、寝る前にくっつきながら中身のない会話をするだけでも充電できる。
おやすみと言い合いながら寄り添って、ただそこにある幸せに浸る月曜日。



▼火曜日

家であまり仕事の話をしない松田に対して、仕事で何かあるとそれなりに顔に出てしまう彼女。大体が自分のやらかしに対しての自己嫌悪なので、松田もすぐに気づいて「どうした? またなんかやらかしたか」と髪をくしゃくしゃにかき回しながら軽い口調で聞き出してくれる。
途端に溢れ出す愚痴を「おー」と雑な相槌で聞き流すけど、最後は「よしよし」と大きな手でポンポンしてくれるから泣きそうになる。
「で? どうしてほしいんだよ、今日は」
「フルーツパーラー松田でお願いします」
深々と頭を下げた彼女に「お前はまた面倒臭ぇもんを」と笑う松田。
家にある果物を片っ端から飾り切りして、音痴な鼻歌混じりに派手に盛り付けてくれるので涙も引っ込む。
「すごーい! 映えるー!」
スマホ片手にはしゃぐ彼女にも「そうかよ」とドライだけど、ある時はマッサージ、ある時はヘッドスパ、またある時はカロリー度外視の男メシ…と手先の器用さを生かして彼女の気分転換に付き合ってくれるし、お礼を言われても「家ん中でシケたツラされるよりマシ」と気を遣わせない返しができるいい男。
もちろん見返りはしっかりベッドの中で要求しつつ、暗かった彼女の表情がパッと明るくなるのを見て松田も満たされてるので、なんだかんだで平和に過ぎてく火曜日の夜。



▼水曜日

非番だからと部屋着にボサボサ頭の松田に見送られながら、「いいなー私も休みたい…」と溜息混じりに出社する彼女。休憩の度にLINEを入れて、秒で返ってくる返信を噛み締めてメンタルを保つ。
休みが合わないからこそ夜の時間は貴重だと定時退社を目指すけど、たまには急な残業で凹むことも。
そして大急ぎで(冷凍野菜使って時短して、それから…)と担当分の家事を頭の中で組み立てながら帰宅したのに、「全部やっといた。飯もできてる」とサラッと言われて拍子抜けするし、「ふは、なんだそのアホ面」と笑われても気にならないくらい感動しちゃう。
ご飯を食べてお風呂に入ってる間に洗い物も済んでるし、さすがうちの彼氏だと鼻高々。
ありがとうを連呼しても「ハイハイ」と流すくせに、さりげなく「一人暮らしだったらやらねぇけどな」と付け加えるところが最高にずるい。
思いのほかゆっくり過ごせそうで「何する? 映画でも見よっか」と鼻歌混じりにリビングに向かえば、「待て待て待て」と後ろから抱きすくめられてきょとんとする。
「わかんだろ? お前の時間、こっから全部俺のモンってことだよ」
低い囁きに思考が止まって、そのまま寝室に引きずり込まれても文句なんて出るはずもなく。明日も仕事だし「手加減してね」とお願いしたら「任せとけ」と悪い笑みが返ってきて、手加減してもらえない気がする水曜日。



▼木曜日

カーテンの隙間から柔らかな陽光が差し込む頃。二人揃って寝過ごして、スヌーズし続けたアラームを止めて飛び起きる。
「だから手加減してって言ったのに!」と松田を責めたところでどこ吹く風だし、「朝ご飯どうしよう」「適当でいいだろ」「お弁当も」「買えばいい」と慌てもしない。
寝癖を直しつつ「メイクしてる時間ない〜」と嘆く彼女を鏡越しに「あー可愛い可愛い」と雑に褒めて、大慌てで家を飛び出す時「あ」と何かに気付いた顔をするけど、急ぐ彼女はそれどころじゃなくて。
始業からしばらくして、同僚に「それ、もしかして…」と遠慮がちに耳打ちされて初めて気付く赤い痕。
ブラウスの襟元から覗くそれにぶわっと顔が熱くなるし、絆創膏なんてあからさまな隠し方しかできないことが気まずすぎて、『陣平くん?』『言いたいことわかるよね』と感情ゼロのLINEを連投。
即座に返ってきた土下座のスタンプを見ながら(帰ったら怒る。絶対怒る)と誓うのに、こんな日に限って同僚の萩原を連れて帰った松田に怒るタイミングを失ってしまう。
萩原の前では怒るに怒れないし、「今日の陣平ちゃん大活躍でさー」と嬉しそうに報告されたり、手抜き料理を「飯うまっ」「最高の彼女じゃん」なんておだてられたら怒りもあっさり萎んでいく。
「萩原くんは優しいなぁ」と思わず呟けば「おい、それは聞き捨てならねぇな」とスイッチ入りかける男がいるけど、「コラコラじんぺーちゃん、今日はご機嫌取りの日なんだろ」それに俺が優しいのは事実だし、と小声のはずがバッチリ聞こえて力抜けちゃう。
ついつい頬を緩ませる彼女を見ながら、男二人が(悪ぃな)(いいってことよ)とこっそりアイコンタクトを交わしたことには気付かないし、萩原を見送る頃にはすっかりいつも通りの彼女。
怒っていたことすら忘れかけた頃、「機嫌は直ったかよ」と降ってくる甘いキスを受け入れて、結局穏やかに終わっていく木曜日。



▼金曜日

「陣平くん、そろそろ寝なきゃじゃない?」
「わかってるっつーの」
カレンダー通りに土日祝日休みのOLと、交代制勤務で土日関係なく働く現職の警察官。そんな二人だからなかなか休みも重ならないし、特に金曜日の夜は寝る時間もバラバラになりがち。
いつもなら寝ている時間になっても彼女は漫画を読んだり録り溜めしたドラマを消化したりと金曜の夜を満喫しているし、松田は自分だけ早く寝るのが癪に障るらしく寝室に向かう気配が全くない。
大きめのクッションを抱えてテレビを見る彼女の周りを意味もなくウロウロしたり、かと思えば後ろから抱き締めて肩に顎を乗せて邪魔してみたり。そこで話は冒頭に戻る。
「寝ないと明日起きれないよ」
「うるせぇな。寝るわ、ちゃんと」
お前はかーちゃんか、と不満げに零しながらもなかなか離れず、手持ち無沙汰なのか抱き着いたまま彼女の手や髪を弄る松田。
やがて痺れを切らした松田が「…構えや!」と吠えてベッドに連れ込むので、「しょうがないなぁ」と頭を抱き締めるようにして寝かしつけてあげる彼女。
そして規則的な寝息が聞こえ始める頃(そろそろ大丈夫かな)と脱出を試みるけど、逞しい腕が逃がさないとばかりにぎゅうぎゅう巻きついてるし、逃げようとすればするほど拘束が強くなって足まで絡んでくるので早々に断念。
ふわふわの癖毛をかき分けておでこに触れるだけのキスをして、散らかったままのリビングは明日の自分に任せることにした金曜日の夜。



▼土曜日

平日の連勤を終えて、ようやく訪れた休日を満喫する彼女。家のことは早めに済ませて後はのんびり。
松田にLINEを入れてもなかなか返信はないけれど、さすがに仕事中だし(今頃頑張ってるかな)くらいで気にはしない。いつも昼休憩やちょっとした空き時間に一気に返してくる男なので、きっと今日もそうなるだろうと思っていた。
(連絡、ないなぁ……)
うんともすんとも言わないスマホを見つめるお昼時。一時間経っても二時間経ってもトーク画面に変化はなく、やがて窓から西日が差し込み始めても松田からの連絡は来なかった。
そんな日もあるよね、と自分に言い聞かせていられたのも日が沈む頃まで。冷め切った夕食を見つめていると言いようのない不安がむくむくと頭を擡げるし、ニュースを見ても相変わらず事件ばかりの街で焦燥感が拭えない。
そして時刻も夜中に差し掛かる頃、ようやく届いたメッセージは『今から帰る』の一言だけ。いてもたってもいられなくて玄関で待つ彼女のもとに、いつになく疲れた顔をした松田が帰ってくる。
「陣平く、」
飛びつくより先にきつく抱き締められて、一瞬息ができなくなる。
何があったの?なんて聞けないし、危なかったの?なんて怖くて口にもできない。肺が空になりそうなほど長い溜息が耳をくすぐって、そっと背中を撫でれば痛いくらいにぎゅうぎゅう抱き締められる。
「ご飯、できてるよ」
食べる?と聞けば「おう」と返ってくるけど、体は離れないまま溜息がもう一つ。次に聞こえたのは「…いや、やっぱ先に抱きてぇ」と切実そうな声だった。うん、と頷いて肩に額をぐりぐりすれば「悪ぃ」と余裕のない声が降ってきて、(こういう時こそ手加減しなくていいのに)と思うほど優しく抱かれて胸が苦しくなる。
そうやってお互いの体温と鼓動を感じ合って、縋るような熱を交わしながら、生きてそこにいることを確かめあった土曜日の夜。



▼日曜日

「明日非番になったから出掛けるぞ」
そう松田が言ったのは昨夜寝る前のこと。その言葉通り二人で出掛けるけど、行き先を教えてもらえず首を傾げる彼女。そして連れて行かれたのは誰もが知るジュエリーブランドのブティックで、初めて足を踏み入れる店内に目が点になる。
ペアリングを買うにしては値段の桁が一つ違うし、一番目立つショーケースには立爪の石座に収まったダイヤモンドの指輪がずらり。
「じ、陣平くん…?」
「考えたんだけどよ」
並ぶ指輪を眺めながらぽつりと呟く。
「今のままじゃ、俺に何かあった時…」
そこで一度言葉を止めて、「違ぇな。そういう後ろ向きなのは柄じゃねーわ」と後頭部をガシガシ掻く松田。青みがかった真摯な瞳が彼女を捉えて、ほんの数秒沈黙が落ちる。
「その気があんなら買うか、指輪」
思わぬ言葉にぱちりと目を瞬かせる彼女に、これはプロポーズなのだろうか、と息を呑んで見守るスタッフや居合わせた客たち。
周りの空気を察していたたまれなくなるけど、この男がそんなことを気にするはずもないし、意外と冷静な自分がなんだかおかしくてつい吹き出してしまう彼女。
「あ?」
「ふふっ、だって……ふっ」
「な、何がおかしいんだよ…」と珍しく弱気になる松田が可愛くて仕方ないし、「陣平くんらしいね」と言えば意味がわからないとばかりに丸くなる目に愛おしさが止まらない。
器用なくせに不器用なところが好きなんだと実感すれば、迷うことなんてあるはずもなくて。
「家族になりたいな、陣平くんと」
そう言うと仏頂面がほんのり赤くなって、「おう」といつも通り短い返事が返ってくる。店内の空気もようやく動き出して、控えめな拍手がいくつも聞こえてようやく居心地悪そうに眉根を寄せる松田。
二人の関係が変わっても、このささやかな幸せが続きますように。そう願って寄り添う日曜日。



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