09. 眺めるは清月蓮



「うーん。なかなか手がかりが見つかりませんね」
「花屋の聞き込みも手がかりなかったしよぉ、歩いてたら腹減ってきたぜ」
「歩美、色んな嗅ぎすぎて鼻がおかしくなりそう……」

 学校近くの花屋経由でドラッグストアを回りつつ、学校を出た時は元気いっぱいだったはずの少年探偵団はすっかり萎れてしまっていた。

「そもそも依頼主の方がどこでこのマフラーを借りたかもわからないのに、闇雲に近所を探すのは無謀だったかもしれません……」
「じゃあ、明日学校で依頼主の人を探してみる?」
「匿名で依頼してきた人を特定するのは気が咎めますけど、仕方ありませんね」
「あー腹減ったー!」

 すっかり撤収モードに入った三人の後ろを、保護者然とした様子でコナンと灰原がついていく。
 そろそろ助けてやるか、とコナンが隣に目をやれば、何やら思案している横顔が見えた。

「江戸川君、あのマフラーって男性物よね」
「ん?ああ、気付いてたか」
「さっき借りた時にタグを見たもの」

 お姉さんに返してほしい、と依頼を受けたグレーのマフラー。無地でフリンジもなく、デザイン自体は至ってシンプル。約170センチと女性向けとしてはやや長めだが、それで男性物というには少し弱い。二人が気になったのはブランドタグだ。

「ブランド名からして、多分オーダースーツの専門店か何かよ」
「ネットで調べても完全一致の店はなかったけどな。品質表示はカシミヤ100%だったし、いいやつなんだろうとは思うけど」
「物がよかったとしても、あれだけシンプルなデザインでわざわざ男性物を選ぶ必要あるかしら。本当にその人のマフラーなの?」

 灰原の疑問も尤もだ。しかしコナンには、それがその人物の持ち物であると確信するに足る理由があった。

「あれを名前さんが持ってるのをポアロで見たから間違いねーよ。コートと一緒に椅子の背にかけてて、その時にあのブランドタグが見えてたんだ」
「その名前さんっていうのが、例の?」
「ああ、苗字名前さんだよ。この時間はもうバイト中だろーな」

 彼女としたメッセージのやりとりを思い出す。確か開店準備があるから夕方にはバイト先にいると言っていたはずだ。

(そういえば昨日、ポアロでも名前さんの話題が出てたな)

 昨日は蘭の帰りが遅くなるからと、小五郎と二人、ポアロで夕食を取ったのだが。行儀悪く競馬雑誌片手にパスタを食べる小五郎を横目に見つつ、コナンの意識はカウンター越しの二人に向いていた。
 きっかけは、どこかソワソワした様子の梓に気付いた安室の一言だった。

「梓さん、今日はいつにもまして上機嫌ですね」
「あ、わかります?今日は帰りにコンビニに寄ってこうと思ってて。昨日、名前さんに期間限定の美味しいコンビニスイーツを教えてもらったんです!」
「え?」
「え?」

 その瞬間なんともいえない空気が漂ったのは、会話を聞いていただけのコナンにもわかった。

「あ、いや……それは楽しみですね」
「はい!って、あれ?安室さんも名前さんと連絡先交換しましたよね?」
「しましたけど……既読はつくんですが、あまり返信がもらえなくて」
「えーっ、そうなんですか!?私、毎日のようにやりとりしてるし、今度二人で買い物に行く約束もしましたよ」
「え?」

 文字通り目が点になった安室を見て、コナンはなんだか気の毒になった。しかしあのバーボンが女性に袖にされていると思えば「ざまぁ」と思わなくもない。

(にしても、なんで名前さんは安室さんに返信しないんだ?)

 回想からそのまま思考に嵌りそうになったその時、灰原の「あら」という声がコナンを現実に引き戻した。

「もうこんな時間じゃない。そろそろいいわよ、江戸川君」
「だからオメーのその司令塔ヅラはなんなんだよ?」

 思わずジト目で返してから、コナンは先を行く三人に「オイお前ら」と声をかける。

「どうしたの?コナン君」
「あー、えっと、その似顔絵なんだけどよ……そういえば俺が知ってる人によく似てる気がすんだよなー。今思ったんだけど」

 今、と繰り返し強調する。

「えっ、そうなんですか!?」
「本当かよ?なんかシロシロしいぞ、お前」
「元太君、それを言うなら「白々しい」ですよ!」
「ハハ……」
「手がかりだぁ!よかったー!」

 喜ぶ歩美の純粋な瞳に見つめられ、若干の罪悪感を覚えつつコナンはスマホを取り出した。

「とりあえず本人に心当たりがないか連絡してみっから」

 そして名前にマフラーを失くしていないか問うメッセージを送り、待つこと数分。バイト中だからか普段より短い肯定のメッセージが返ってきて、呆気なく持ち主が見つかったのだった。




***




「ありがとー!間違いなく私のだよ、これ」

 その週の土曜日。待ち合わせ場所に指定した米花公園で、少年探偵団の面々は得意満面にマフラーを手渡した。受け取った名前は感激した様子で顔をほころばせている。

「少年探偵団、だっけ。みんな本当にありがとね」

 にっこり笑う名前を見て、探偵団の面々は顔を見合わせて嬉しそうに笑った。これで無事に依頼完了である。

「あのね、お手紙もあるの!」
「え、本当?もらうね、ありがと」
「ところで、依頼主の人とはどういう関係なんですか?」
「通りすがりでねー、寒そうに震えてたからマフラー貸したの」
「名前も連絡先も聞かずにですか?」
「あは、失念してたねぇ」
「確かに最近寒いよなぁ。ずっと何か食ってねーと凍死しちまうぜ」
「ん?うん……うん?」

 子供たちの勢いに若干圧されつつ、受け取ったマフラーを首に巻く名前。少し離れたところで灰原とそれを見守っていたコナンも、この流れでついでに聞こうと近寄った。

「あ、コナンくんもありがとね、連絡くれて」
「ううん。ねえ名前さん、そのマフラーって男物だよね」

 なぜあえて男性物を使っているのか。コナンがそう聞くと、名前は「よくわかったね」と目を丸くする。

「形見分けって言ってね、亡くなった大事な人からもらったものなの。もらったって言っても、遺品の中から私が勝手に持ってきたんだけど」
「大事な人って、お姉さんの恋人さん?」
「うーん、仕事の同僚…友達……なんかしっくりこないけど、そんな感じかなぁ」
「つまりとっても大事なものなんですね。無事に届けられてよかったです!」
「そうだね、ありがとう」

 それから名前は、歩美から受け取った封筒を丁寧に開けた。封筒の中から出てきたのは、裏面にキャラクターが印刷されたカラフルな便箋だ。

「なんて書いてあんだ?」
「えっとね……ふふっ、ありがとうって書いてあるよ」
「それだけですか?」
「あとは、ママとパパもかんしゃしてます、だって」
「へー!お姉さん、いいことしたね!」

 手紙には『おばけは見えなくなりました』とも書いてあったが、名前がそれを彼らに伝えることはなかった。

「それで探偵さん達、依頼料は?」

 名前は封筒をコートのポケットにしまいながら問いかける。そして聞かれた子供たちが顔を見合わせるのを見て、「現金……はよくないよなぁ」と首を捻った。

「そこのコンビニで温かい飲み物とお菓子でも買ってこようかな」
「やったぜ!俺仮面ヤイバーチョコ!」

 真っ先にリクエストした元太に、歩美や光彦も控えめに続く。「仮面ヤイバー面白いよね」と返す名前を見て、あの人特撮まで網羅してんのか、とコナンは呆れ混じりに感心した。
 そしてコンビニに向かう名前の背中を見送ったところで、飲み物のリクエスト以外不参加を決め込んでいた灰原がようやく口を開いた。

「……で、あの人と組織の繋がりを疑ってるの?」
「疑ってるってほどじゃねーけどな」
「そう。でも残念だけど、あの人は違うと思うわ。組織の人間特有の嫌な感じがしないもの」

 赤井にさえ反応したのだから、組織に関わる者に対する灰原センサーの精度は侮れない。それを知っているコナンは「そーかよ」と短く返した。

「ま、組織の人間がそうゴロゴロいるわけねーか」

 わりとゴロゴロいる気もしたが、そこは触れないお約束である。
 少しして、公園で遊ぶ他の子供たちから「あ〜っ」と悲痛そうな声が上がった。どうやらボールが木の枝の上に乗っかってしまったらしい。元太と光彦、歩美の三人がその場に行って木の上を見上げるが、コナンの見立てではたとえ大人がジャンプしたところで届かないだろうと思われる。下から別のボールをぶつける方が簡単だろう。

「僕たちもボールを持ってくればよかったですね……」
「石じゃダメか?」
「ボールが傷付いちゃうし、危ないよ!」

 その様子を見たコナンは辺りを見回した。空き缶などが転がっていれば使えたのだが、あいにく見える範囲には何もない。名前が戻ったら空き缶もできるしそれまで待つか―――と思考するコナンのすぐ横を、ビニール袋をカサカサ言わせながら駆け抜ける人物がいた。

「え?」

 見えたのは名前の後ろ姿だ。彼女はそのまま止まらず子供たちのもとへ行き―――驚くことに木の幹をトントン駆け上がりながら跳躍し、高い位置に引っ掛かっていたボールを軽々と取ってしまった。

(おいおい……どんな身体能力してんだ?)

 猫かよ、と思わず半目になる。組織に関わりがなかったとしても、謎な人であることに変わりはなさそうだ。
 名前は子供たちの称賛を浴びながら、少年探偵団の三人を近くのベンチへと誘導した。それから買ってきた飲み物とお菓子を順に配り、最後にコナンと灰原の元へと歩み寄ってくる。名前が先に声をかけたのは灰原だった。

「あなたのお名前は?」
「……灰原哀」
「灰原?」
「何よ」
「ううん、同じ苗字の人を知ってたから。はい、コーヒーだったよね」

 笑顔で缶コーヒーを手渡す名前に、灰原が「どうも」と愛想なく返す。名前はそれを気にした様子もなく、コナンにも同じものを手渡した。

「コナンくんもコーヒーね。二人とも小一でブラック飲めるなんてすごいねぇ」
「あっ、ボクいつもはオレンジジュースなんだけど、たまーに飲むんだ。たまーに」
「へぇ。お菓子はリクエストなかったから適当に買ってきたよー」
「ありがとう、名前さん」

 大きなビニール袋から次々とお菓子を取り出す名前。一体どれだけ買ったんだ。灰原が素知らぬ顔でコーヒーを飲んでいるせいで、コナンの両腕がお菓子でいっぱいになっていく。

「そういえば名前さん、安室さんが名前さんから返事来ないこと気にしてたよ」
「……えっ」

 笑顔だった名前に、目に見えて動揺が走る。お菓子を取り出す手も不自然に止まった。

「安室さんのこと、苦手なの?」
「え、あっ、いやぁ……そういうわけじゃないんだけど」

 狼狽える名前が心の中で「感情をフラットに」と早口で唱えまくっていることなど、もちろんコナンが知る由もない。

「ほら、あんな格好いい人相手だと緊張するじゃん……」
「またそれ?」
「それなの」
「名前さん、本当は安室さんのことをよく知ってて―――」
「あのね、コナンくん。枯れたアラサーをナメちゃいけないよ」
「は?」

 意味のわからない返しにコナンが止まった直後、お菓子に盛り上がっていた三人がワッとひときわ色めき立った。

「オイねーちゃん!仮面ヤイバーチョコ、当たりが出たぞー!」
「え、うっそ!?それフリマアプリで高値転売できるやつ」
「テンバイ?」
「うそうそごめん、その言葉覚えて帰らないでお願いだから」

 おうちの人に怒られちゃう、そう言いながら名前が子供たちのもとに駆けていく。なんだか体よく逃げられた気がする。コナンは脱力しながら、両手いっぱいのお菓子をベンチに置いた。
 と、その時、ベンチに置かれていた名前のバッグから着信音が聞こえてきた。すぐに名前を振り返るが彼女は気付いていない。子供たちとワイワイはしゃいでいるようだ。

「ちょっと、江戸川君」

 灰原の制止をスルーしてバッグを覗き込めば、明るくなった液晶に『非通知設定』と表示されているのが見える。コナンは躊躇なくそのスマホを手にして名前に駆け寄った。

「名前さん、スマホ鳴ってるよ」
「ほんとだ。ありがと、コナンくん」
「非通知みたいだけど……」
「ああ、毎回非通知でかけてくる知り合いがいるから、その人かな」

 どんな知り合いだ、とコナンは思った。

「ありがとね」

 スマホを受け取った名前は画面をタップし、それを耳に当てながらベンチに向かって歩き出す。

「もしもし〜、今日はお休みだってSNSにも……あれ?ウォッカさんだ」
「!」
「電話しろって頼まれたんですか?もー、二人ともちゃんとネット使ってくださいよ。おじいちゃんなの?」

 思いがけない名前にコナンの表情が強張った。ウォッカと呼ばれる人間など限られている。それに“二人とも”とは、まさか。

「あはは、怒るかな。でも言うほど怖くないんですけど、これ言わない方がいいです?」

 茶化すように笑いながら名前が言う。思わず灰原を見るが、彼女は小さく首を振った。名前から組織の気配がしないということに変わりはないらしい。
 
(……どういうことだ)

 訝しげに見やるコナンに気付いているのかいないのか、名前は申し訳なさそうに眉尻を下げて彼を振り返る。そして片手を上げて口パクで伝えてくるのは「帰るね」と「ごめん」の二言だ。
 電話をしたまま立ち去る名前の後ろ姿を、コナンはじっと見つめていた。


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