25. 仕合わせの啄木鳥
「えっ、名前さんも誘ったの?今日」
平日の学校帰り、夕日差し込む喫茶ポアロに蘭の声がよく響く。蘭の座るテーブル席以外、店内に他の客の姿はない。
向かい側に座る園子が、蘭の言葉に「え?」と聞き返した。
「何よ。ダメだった?」
「ううん、そんなことないけど……名前さん最近昼間も忙しいみたいだったから、よく空いてたなって」
「そういえば名前さん、新しくバイト始めたのよね」
オレンジジュースが入ったグラスをコナンの前に置きながら梓が会話に参加する。カウンターの奥には安室がいるが、彼も特に驚いた様子はない。
名前が昼間に別のバイトを始めたということは、どうやらここにいる全員が知っているらしい。どんなバイトかというのはコナンも名前に聞いてみたが、「高専の手伝い」としか教えてもらえなかったのが若干の不満である。
「ポアロで女子会がしたいっていうメッセージを送ったのよ。テスト終わったから女子会したい!恋バナしたい!じゃないと枯れちゃう!名前さん助けてー!って感じで。ちょうどバーのバイトは休みらしいし」
芝居がかった仕草で説明する園子に蘭が「ああ……」と苦笑で返す。
「名前さん、助けてって言われると弱いもんね」
「え、そうなの?蘭ちゃん」
空になったトレンチを胸元に抱えて、梓は不思議そうに小首を傾げた。それに「そうそう」と返したのは園子だ。
「テスト期間と蘭の大会の予選が重なった時、名前さんに「助けて!」って言ったら二日酔いで勉強教えに来てくれたわよ」
「名前さんって勉強できるんだ」
「このガキんちょ失礼すぎるわね」
おっと、失言。二日酔いより先にそっちをツッコんでしまった。
コナンは誤魔化すようにストローをくわえ、冷えたオレンジジュースを口に含んだ。
「ちょっと前に駅前で募金活動してたんだけど、「助けてください」って呼びかけに「ウッ、手が勝手に」ってお札入れてたのは私も見たよ」
「なにその中二病みたいな反応……」
蘭が話すエピソードにその時の様子を想像してしまい、コナンは思わず半目になる。
二人の話を聞いた梓が「あっ、そういえば」と手を打った。
「コンビニのキャンペーンで期間限定のスイーツを買いすぎちゃった時、食べきれないから助けてくださいってメッセージ送ったらすぐ来てくれたわ!」
「それはただの煩悩じゃない?」
コナンの返しに、カウンターの向こうで安室が小さく吹き出した。
「ふっ……すみません、面白くてつい」
「ううん、わかるわ〜、名前さんって面白いのよね。年上ってことたまに忘れちゃう」
「それはちょっと失礼じゃない?園子」
諌める蘭も顔が笑っている。JKに面白がられるアラサーの図である。ここに本人がいないのは果たしてよかったのかどうか。
しかしなるほど、「助けて」と言えば若干の無理も聞いてくれる可能性があるのか―――コナンは今得た情報をしっかりとその頭脳に刻み込んだ。先日自分が仕掛けた盗聴器が名前を危険に晒したことはちゃんと反省したが、それはそれ、これはこれだ。
「そういえば安室さんも名前さんと連絡先交換してたわよね。その後どうなのよ」
話の矛先が安室に向き、彼はきょとんと目を瞬かせた。面白がるような表情で答えを待つ園子と一瞬見つめ合ってから、安室は困ったように眉尻を下げて笑う。
「それなりにやりとりはありますけど、いつも僕から送ってばかりなので……もしかしたら困らせてるかもしれません」
「えっ? うっそぉ、そうなの?」
「ええ、最近は前より返事がもらえるようになったんですが」
名前からなかなか返事が来ないという話を以前から聞いていた梓とそれを盗み聞きしていたコナンは驚かなかったが、園子と蘭は安室の話に目を丸くして驚いていた。イケメン店員と評判の安室を相手に、まさかそんなことになっているとは思いもしなかったのだろう。
「あの出会い方だし、絶対何かが始まると思ったのに!」
園子は残念そうに言ってから、「でも確かに名前さんの口から安室さんの話聞いたことないかも」と付け加えた。それは確実に安室にダメージを与える発言である。
「安室さんがポアロを飛び出して引き留めたの、ドラマみたいでキュンキュンしたのに〜」
「わかる!素敵だったよねー!」
「ハハ……残念ながら人違いでしたけど」
頬を染めながら話す女子高生二人に、ポリポリと頬を掻きながら安室が苦笑する。
「名前さん、自分の恋バナはなかなかしてくれないのよねぇ」
いつも笑って誤魔化されちゃう。そう言う園子は不満そうだ。
「でも髪を伸ばしてるのは確実に男の影響ね!」
「そうなの?園子姉ちゃん」
「髪が綺麗だって褒められたのが嬉しくて伸ばしてるって言ってたのよ」
「へー」
「でもそれ、男の人だとは言ってなかったような……」
「誤魔化されたけどあれは絶対に男よ!昔褒められたのをずっと覚えてるなんて、そりゃもー好きな男以外にあり得ないじゃない」
どうあってもそっち方面に持っていきたいらしい。拳を握り締めて熱弁を振るう園子は、勢いそのままに再びカウンターを振り向いた。
「そういえば安室さんってどういう人がタイプなの?ずっと聞いてみたかったのよ」
再び話の矛先が向き、安室は顎に手を当てて「うーん」と考え込んだ。
「そうですね、優しくて頑張り屋な人……とか、そんな感じでしょうか」
「へえ〜!」
これには園子だけでなく蘭も大興奮である。やはり恋バナはJKの共通言語らしい。キャッキャッと顔を寄せ合う二人を梓が微笑ましそうに見守っている。
「名前さん優しいしバイトも頑張ってるし、もしかして結構タイプだったり?」
「もちろん、素敵な人だと思ってますよ」
「!」
安室の発言を「好みのタイプは名前」とストレートに受け止めたのか、声にならない驚きがその場を支配する。それまで微笑みながら見守っていた梓でさえ、口元を押さえて頬を紅潮させていた。
「えっ、じゃ、じゃあ、恋に発展する可能性は!?」
ガタンと音を立てて立ち上がった園子が前のめりに問いかける。安室はそれに照れも焦りもせず、内緒話をするように口元に指を立てた。
「それは、ノーコメントで」
パチンと余裕たっぷりのウインクをかました安室に「キャー!」と女性陣の悲鳴が響き渡る。コナンにはこれから合流するらしい名前が集中砲火される未来しか見えなかった。もちろん妬み嫉み的な意味ではなく、恋バナ的な意味で。
(何企んでんだ?バーボン……)
コナンは安室のウインクにジト目を向けながら思考を巡らせていた。
黒ずくめの組織の一員であるこの男が、一人の女性を気にかける理由はなんだ。一体何の目的があるというのか。もちろん単にこの場を盛り上げるための軽口という可能性も、周囲に馴染むためにあえて人間味ある人物を演出している可能性もあるが―――
コナンはその真意を探るように安室を見つめるが、完璧に作られた安室透の仮面からは何も読み取れそうにない。
その時、店内にチリリンと軽快なドアベルの音が響いた。
「こんにちは〜」
ガタガタガタッ!と、動揺のあまりテーブルと椅子をガタつかせた面々に来店したばかりの名前の動きが止まる。
「え、なに…?」
何事……?
戸惑いの滲む呟きは、浮き足立つ女性陣には届かない。
「名前さんこっちこっち!ちょうど聞きたいことがあんのよ」
「状況が読めないんだけど」
「いいからいいから!」
急かす園子の隣にコートを脱いだ名前が座る。そのまま近くにいた梓にコーヒーの注文を済ませると、待ってましたとばかりに園子が迫った。
「名前さん今彼氏いないんでしょ!?好みのタイプは!?」
「え、なんで私?今日は二人の恋バナ聞きに来たつもりなのに」
「いつも誤魔化されるけどそうはいかないわよ。ほら、好みのタイプ!」
「ええ〜……」
恋バナの矛先が向くのがよっぽど嫌なのか、名前はあからさまに顔を顰めた。
「好きな芸能人とかいないの?」
「演技が上手い俳優と歌が上手い歌手」
「そういうことを聞いてんじゃないのよ」
園子の怒涛の攻めにコナンと蘭は顔を見合わせて苦笑し合う。
「気になる人とかいないの?」
「ええ……いないよ」
困惑顔で否定しながら、名前の目がわかりやすく泳ぐ。コナンの目には思いっきり肯定しているようにしか見えなかったが、幸か不幸か園子は気付かなかったようだ。
「イケメンは?好き?」
「そりゃ、人並みに……」
「じゃあどういう顔が好きなのよ」
「う、うーん……?」
「わかった。名前さんの好みのタイプ、この私が見定めてあげるわ。ほら、スマホ出して!」
「えっ」
バッと差し出された園子の手を見て名前が瞠目した。なんでそんな流れに、とわかりやすく顔に書いてある。
「元彼の画像見せてもらえば一発よ!」
ドヤ顔でそう言い放った園子に、今度は「えっ」という声がいくつも重なって聞こえた。
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