1-8
「苗字さん、本当にいいんですか?」
「ここ、めっちゃ高そうですよ…?」
不安そうにこちらを窺う二人に、名前はニッコリ笑ってみせた。
「いいのいいの。今日は好きなだけ食べちゃって」
その言葉に顔を見合わせ、「じゃあ、お言葉に甘えて」と嬉しそうに答えるのは零と諸伏だ。
三人がいるのは警察学校からは少し離れたところにある高級焼肉店。週末ということで外泊申請を出した二人を、名前が外食に連れ出しているところだ。
「あ、でも残りの三人には内緒ね。さすがに全員にご馳走できるほど持ってないから」
コソコソ内緒話をするように言いながら親指と人差し指で輪っかを作ってみせると、二人がプッと噴き出した。
「了解です」
「でも、オレ達だけでも結構食べますよ」
「そこはまあ…見栄くらい張らせて?」
二人は再び笑って、わりと容赦なく初回の注文を済ませた。
届いた肉を分担して焼きながら、彼らの近況報告を聞く。相変わらず無茶ばかりしているらしい彼ら5人は、罰掃除の回数も歴代トップなのではないかと名前は思う。
まもなく彼らの警察学校生活も終わる。本配属後は、この二人との連絡は一切取れなくなるだろう。ただ同じ公安だし、二人の配属先も把握しているのだから接触自体はおそらく可能だ。ただしその場合は、もれなく自分の所属も知られることになるが。
(まあ、それは最終手段)
過去に来てしまったことが証明できない以上、彼女のやろうとしていることは誰にも教えられない。下手に情報を与えて対象の動きが変わってしまうのも避けたい。彼らが名前に助けられるその瞬間まで、何も知らないでいてくれた方が都合はいいのだ。
「うまっ」
「ゼロ、こっちのハラミもやばい」
目を輝かせながら肉を頬張る彼らを、微笑ましげに頬を緩めた名前が見守る。
(なるべく長く、彼らには何も知らず笑っていてほしい)
そうでなければ自分がこの時代に来た意味がない。
「苗字さんは食べないんですか?」
「あ、食べる食べる。でも君ら見てるとそれだけでお腹いっぱいになりそう…」
大盛りの白ご飯を左手に乗せたままの零が名前の様子を窺うが、その口元には米粒が一粒ついている。
「降谷くん、ここ。ご飯ついてる」
名前が自分の口元を指しながら言うと、気づいた零が「あ」とわずかに赤面する。かわいい。
「そういえば、ゼロってまだ名前さんのこと苗字呼びだよな」
「?ああ」
「この機会に下の名前で呼ばせてもらえばいいじゃん」
諸伏の提案に零がぱちりと目を瞬かせる。名前としては、未来では結構長いこと「苗字さん」「降谷くん」で呼び合っていたので違和感はなかったのだが。
「あー…っと、じゃあ…いいですか?」
躊躇いがちに零が問いかけてくる。
「もちろんだよ、零くん」
大丈夫。ちゃんと笑えてるはず。すっかり機能を取り戻した鋼鉄の表情筋で、彼女は零に笑いかけた。
「…ありがとうございます、名前さん」
少し照れたように目元を緩ませた零に、名前は心臓を押さえたくなったのをグッと堪えた。
***
卒業祝いと称して彼ら二人に高級焼肉をご馳走してしまった名前は、いくら内緒と言ったとはいえ、残り三人に何もしないわけにはいかないだろうと思っていた。
何かリクエストがないかメールすると萩原と松田がノリノリで返してきた一方で、伊達には固辞されてしまう。確かに彼女持ちの男に無神経だったかと思い直し、彼には後日ちょっとお高めの手帳カバーでもプレゼントすることにした。
萩原からのリクエストは「二人飲み」だった。
「相変わらずチャラいなー、研二くんは」
「それでもオッケーしてくれるんだから、名前さんも相変わらずの子供扱いでしょ」
いつものメンバーで来るとまず座らないブルーパロットのカウンターで、二人並んでグラスを傾ける。
「子供扱いっていうか…今は手がかかる後輩かな?」
「嬉しくねーし」
言葉とは裏腹に、萩原は腹でも抱えそうな勢いでケラケラ笑う。
「そういや腕はもういいの?」
「全快だよ、ほら」
スーツの袖を捲り、痣一つない腕を見せる。
「あんなえげつない色してたのに、タフだなー名前さん」
「それだけが取り柄だから」
未来ではスナイパーに肺を撃ち抜かれても、クレーン車の爆風で吹き飛ばされても生きていた名前だ。殺されても死なない自覚はある(これは未来の零には禁句だったが)。
「研二くんも無茶するタイプだけど、爆処では絶対に油断しないように」
「はいはい」
「またそれかって思ってる?」
「いやー?心配されるのは嬉しいよ」
口ではそう言うが、伝えたい心配の十分の一も彼には届いていないだろう。
「…人の忠告は真面目に聞きなね」
カウンターに頬杖をついた名前が、萩原の顔を覗き込むようにして言う。笑顔を消してじっと見つめると、彼はきょとんとした表情を浮かべた後でふっと笑った。
「なに?名前さん、俺のこと好きなの?」
そう言いながら名前の頬に触れる萩原に、彼女はすげなく「ううん別に」と返す。彼は「ひでぇ!」と笑って手を離した。
「お友達としては大好きなんだけどね。私、死にたがりは恋愛対象外なの」
「別に死にたがってねーんだけど」
萩原がわざとらしく口を尖らせる。
「どの部署にも危険はあるけど、爆処では一つの油断が死に直結する。…これでも本気で心配してるんだよ」
もちろん応援もしてるけどね、と付け足す。
まっすぐ見つめ続ける名前の視線に、やがて根負けした萩原が「わかったよ」と苦笑した。
***
松田のリクエストはツーリングだった。
といっても、警察学校の入校者は運転が禁止されているため名前のバイクでタンデムする形だ。
バイクで迎えにきた名前がヘルメットを投げて渡すと、松田は嬉しそうにそれを着けて後ろに乗り込んだ。
彼の後ろからは零たち同期組が様子を窺っていたので、二人でそれに片手を上げてからバイクを発進させる。
二人は国道や首都高を流した後、少し足を延ばして来葉峠にまでやって来た。ヘアピンカーブで車体を倒すたび、名前の腰に回った松田の腕にグッと力が入るのが面白い。
ひとしきり夜風を楽しんだ二人は、市街地に戻ってコンビニのイートインで休憩することにした。
「あーーー楽しかった」
カップコーヒーに口をつけながら、松田が珍しく満面の笑みを浮かべている。
「バイク好きなんだね」
「おー好き好き。メカニック的な意味でも好きだけど、やっぱ走るのはいいな」
よっぽど楽しかったのか、饒舌に語る松田の姿に名前の頬も緩む。
「またいつでも付き合うよ」
「次は俺もバイク買っとくから、二台で流そーぜ」
「いいね」
それから松田は欲しい車種についてひとしきり語った後、一度言葉を止めてこちらを見た。
「名前さんさ、ハギに説教しただろ」
「説教?心外だなー」
心配しただけなのに、と返すと松田が「だろうな」と笑う。
「愚痴りながらめっちゃ嬉しそうだったからな、あいつ」
「本当?ちょっとは響いたかな」
名前が思わず顔を綻ばせる。それを見て、松田は意外なほど優しい表情を浮かべた。
「名前さんて本当に面倒見いいよな」
「そう?」
「そーそー、普通俺らみたいなの面倒見切れねーだろ」
それは彼らが零の大切な人だから。とはもう思わなかった。名前個人として、すでに彼らのことを好ましく思っていたからだ。
「お節介な自覚はあるよ。陣平のことも心配だもん」
「俺?」
「陣平はなんだかんだ責任感が強くて、なんでも自分でやろうとしそうだから」
名前の表情が真剣味を帯びたのがわかったのか、松田が口を噤む。
「無茶も程々にして。自分も誰かの大切な人なんだってこと、ちゃんと自覚してね」
「……それってさぁ」
「ん?」
何かを言いかけた松田だったが、結局半目になって「なんでもねー」と視線を逸らされてしまった。
そうして、ついに彼らの半年に渡る警察学校生活は終わりを迎えた。
予想通り零と諸伏とは連絡が途絶え、11月7日が日に日に近づいていた。
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