1-7
ある週末。久しぶりに彼らと予定の合った名前は、お馴染みのブルーパロットで伊達を除いた4人と合流していた。
今回彼らは全員外泊を申請してあるらしく、伊達は彼女であるナタリーに会いに行き、残りの4人は朝までがっつり飲む予定でいるらしい。ブルーパロットからのカラオケコースだと聞いた。
「チッ、あのリア充野郎」
ここにはいない伊達に向けて松田が悪態をつく。
「えっ陣平って彼女ほしいの?」
「欲しいだろフツー」
意外そうに言う名前を松田が睨んだ。
「え!?ちょっと待って陣平ちゃん」
「あ?」
「名前さんに呼び捨てしてもらってんの?」
聞き捨てならないと言わんばかりに萩原が絡む。ギャーギャー騒ぐ二人を横目に名前はグラスを口に運んだ。
「あ、ヒロくん、これ」
バッグから取り出して諸伏に渡したのは話題のミステリー小説だ。メールで買ったと話したら読みたいと言われ、貸すつもりで持ってきていた。
「やった、ありがとうございます。ほらこれ、ゼロも読みたがってたやつ」
「本当だ」
「じゃあ降谷くんもどうぞ」
「いいんですか?ありがとうございます」
さすが将来の喫茶店探偵。ちょっと嬉しそうだ。かわいい。名前は零を心の中で愛でられる程度には余裕が出てきていた。
「あれっ諸伏もヒロくん呼び?」
松田に絡み終わったのか萩原がこちらを向く。
「メールの流れで。ていうか呼び方ってそんなに気になる?」
「なるなる。あ、そういえば名前さんって彼氏いないの?」
その質問に4人の視線が一斉にこちらを向き、名前は居心地悪げに答える。
「いないよ…そんな余裕ないから、忙しすぎて」
「マジ?」
「マジだよ。そんな暇あったら寝る…」
深いため息を吐く彼女に、向いていた視線が途端に同情的なものに変わった。
「そんな忙しいって、どこの部署だよ」
「やっぱり刑事部ですか?」
「内緒」
「またそれかよー」
所属を教えない彼女に4人とも不満げな様子だ。
ふと名前のスマートフォンが着信を告げる。先輩からだ。名前は4人に断ってその場で通話に出た。
「はい。え?ブルーパロットですが…はい、はい。ああ、近いですね、向かいます」
通話を切った名前は「ごめん、招集」とだけ告げてテーブルに酒代を置くと、足早に店を後にした。
***
「えっ」
「早っ」
「行っちゃった…」
あっという間に出て行った名前に、4人は呆気に取られていた。
「…こんな時間に招集か。やっぱり刑事部の可能性が高いな」
ふむ、と顎に手をやった降谷が呟く。残りの面々も概ね同意見のようだ。
「いつ見てもスーツだしな。相当忙しいんだろ」
「もったいねーよな、美人なのに。てか酒飲んでたけどいーのかな?」
「バレなければいいんじゃね」
「さっき電話で近いって言ってたよな?この辺で何かあったのかな」
諸伏の疑問に、彼らは顔を見合わせた。
「……行ってみる?」
「いやさすがに邪魔はまずいだろ」
「だよなぁ」
警察官を志すものとして、職務の邪魔はまずいと思い留まる。結局男4人で飲み続けることにしたのだった。
***
それから10分ほどして、店の近くに救急車が停まったのがわかる。
「なんだろう」
「カラオケ行きついでに見て行くか?」
いつものメンバーでは特に話すこともないと盛り下がり気味だった彼らは、松田の提案に乗ることにした。
店の外に出ると人だかりができており、一人の男性が救急車に運び込まれて行くのが見える。野次馬の話を盗み聞くと男は外国人で、路上で一人倒れていたのだという。
「なんだ、ケンカか?」
「まあいいか。行こうぜ」
「ああ」
カラオケに向かおうと歩き出した4人だったが、ふと降谷がその足を止める。彼には一瞬、野次馬の向こうに名前の後ろ姿が見えたような気がした。
「?どうしたゼロ」
「いや…ちょっと先に行っててくれ。すぐ追いつくから」
返事を待たずに降谷が走り出す。背後では諸伏が「ゼロ!?」と声を上げている。
職務を邪魔するつもりは降谷にもない。ただ、暗い路地裏に消えて行ったように見えた名前が少しだけ気になった。
彼女が消えた路地に足を踏み入れると、途端に野次馬の喧騒が遠くなった。降谷は足音を立てないようにしながら慎重に進む。まもなく突き当たりに差し掛かるというところで、突然人影が飛び出してきた。
「わっ」
「わっ」
出てきたのは名前だ。
「降谷くんか、ビックリした」
「苗字さんこそ。こんなところで何を?」
「ここ通ったら近道かなって思ったんだけど、行き止まりだった」
「近道?」
うん、と名前が頷く。
「招集かかって行ったんだけど、もうあらかた済んでて。直帰していいって言われたから帰ろうとしてたの」
「こんなところを通って?」
「だってあっち、救急車で人混みすごかったし」
苦笑する名前に降谷から呆れたようなため息が漏れた。
「女性がこんな道、危ないでしょう」
「一応警察官だけど」
「まあ、そうですけど」
「心配してくれたの?」
いたずらっぽく笑った名前が降谷の顔を覗き込む。照れくさそうに頬を掻いた降谷は、それを直視できず目を逸らした。
「ふふ、ありがとね。みんなはもうカラオケ行った?私また合流してもいい?」
「先には行ってますけど……合流してくれたら、みんな喜ぶと思います」
その答えに「やった」と笑った名前が、行こう行こうと降谷の背中を押す。
それに慌てながら歩調を早めた降谷は知らない。名前が出てきた曲がり角の向こうで、昏倒した国際指名手配犯と共に彼女の同僚が息を潜めていたことを。
(あーあ、零くんに本名呼ばれるとこ、先輩に聞かれちゃったな)
名前は先輩からのお叱りを覚悟した。
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