3-6
降谷と二人で張り込みをした日、結局二人揃って凄まじい量の後処理に追われたことで降谷の追及が再開することはなかった。
その後降谷は組織の方が忙しくなり、名前も立て続けに三本もの潜入任務が舞い込んだため、結局まともに顔も合わせないままあっさり半年が経過した。
合間にぽつぽつとメールのやりとりはあったが、それだけだった。
11月7日。
一週間前に三本目の潜入任務を終えた名前は、この日のために部下を介してある準備を進めていた。
(知らんぷりはできないしね)
毎年届くいたずらのようなFAXは、昨年が「1」。犯人にとっては今年が本番だ。
松田の安全は担保できたと考えている名前だったが、だからといって起こると知っている爆破事件を見過ごすわけにもいかない。
松田が観覧車に乗らない以上、ゴンドラに乗り込むような勇気ある(あるいは無謀な)警察官がいるとは思えないため、最優先事項は病院だ。
名前は病院に設置される爆弾を、公安の手で発見して解体するつもりでいた。
(爆弾が設置されるのは米花中央病院。でも前回の爆破が二つとも未遂に終わっているから、今回は爆弾の数を増やしてくる可能性もある)
未来で捕まった犯人は、自己顕示欲が強く、執念深い人間だった。
前回の爆破未遂事件で目的の10億円は手にしたはずだが、仲間を失い、報復のはずのタイマー再始動も失敗に終わった。“一回目”以上のことをしてきてもおかしくはない。
上下黒のバイクウェアに着替えた名前のスマートフォンが、部下からの着信を告げた。
「はい」
『総員、配置につきました』
「了解。そのまま待機して」
『了解しました』
自己顕示欲の強い犯人のことだ。小さな個人病院は狙わないだろう。
そう判断した名前は米花中央病院だけでなく、都内にある同規模かそれ以上の大病院全てに公安捜査官を配置していた。
本来なら犯人が爆弾を置いていく瞬間を取り押さえたいところだが、遠隔操作端末を所持している可能性が高く、協力者の有無が確認できない相手にそれはリスクが大きすぎる。
となれば、犯人が去った後で秘密裏に爆弾を解体し、全ての処理が済んでから身柄を押さえるのが無難だろう。
(まぁ、万一取り逃がしたとしても三年後に捕まえられるわけだし)
今回は犯人の身柄確保より、この日を一人の死傷者も出さずに乗り切るのが優先だ。そもそも公安が出張る案件ではないのだし、深追いして仲間を死なせてしまうのだけは避けなければならない。
名前はバイク用のインカムを片耳に装着すると、部下の待つ米花中央病院に向かうべくマンションを後にした。
***
午前10時30分。
名前は米花中央病院の待合ロビーで爆弾を発見した。座席の下に置かれた紙袋の中に、それはあった。
院内に犯人の姿がないのを確認してから部下に指示を出し、医療関係者や患者、見舞客など全ての人間を裏手の通用口から避難させる。
犯人の性格的に少し離れたところから双眼鏡などで観察していると思われるため、避難に気付かれるわけにはいかなかった。避難誘導は静かに、慎重に行われた。
午前11時35分。
院内にいた全員の避難が完了するとともに、その他の病院に配置した捜査官たちから、各病院に爆発物はなさそうだという報告が入る。
(じゃあ“一回目”同様、爆弾はここと観覧車だけか)
部下も退避させ、名前は座席下の紙袋をそっと引き出した。四隅を慎重にハサミで切り開くと、中からは無骨な形状のそれが姿を現す。液晶画面に表示されている文字は「STANDBY」だ。
それを見た名前は、細く長く息を吐き出した。大丈夫、手は震えていない。爆弾の解体だって初めてじゃない。国際犯罪に携わる外事課時代はわりと目にした光景だ。
今回の行動は理事にも同僚にも―――もちろん降谷にも伝えていなかった。そのため準備段階で目立つ行動は取れず、防護服は調達できなかったが致し方ない。
(研二くんにはあれだけ着ろ着ろ言っといて)
心の中で自嘲しながら、名前は手元の工具箱を開いた。ドライバーで爆弾上面のカバーについたネジをまず一本、慎重に外す。抵抗なく外れたそれに安堵する。よし、テグスの類はついていない。続いて残る三本を外してカバーを取り去った。
「……うわ」
思わず声に出してしまうくらいにはトラップ満載の爆弾だった。
温度センサーにジャイロセンサーまで付いている。持ち出しての解体はもちろん、液体窒素での冷却も無理だろう。
(でもまぁ、うん。多分大丈夫)
時間はまだある。爆処エースの彼らのように三分とまではいかないが、なんとかなるだろう。
工具箱にドライバーを戻そうとして、その隣に置いてあるスマートフォンが視界に入る。こんな時だからだろうか、ふと彼の顔が脳裏に浮かんだ。
(私の気が弛みまくってたせいで、変に悩ませちゃったな)
いや、でもあれ起きてたとは思わなくない?寝たフリ上手すぎない?
しれっと責任転嫁しながら、名前はスマートフォンを手に取った。慣れた手つきで、よく知る番号をタップする。イヤホンマイクからコール音が聞こえ始めたのを確認してから、再び工具に持ち替えた。
『はい』
ニッパーの先でコードを数本持ち上げ、配線を確認する。入り組んでいて、雷管だけを抜き取るのも無理そうだ。
「ごめん、今大丈夫?」
『ええ、大丈夫です』
いつも通りの落ち着いた声色に、強張りかけた体から力が抜けていくのがわかる。
「一つお願いがあるんだけど…」
『なんですか?』
パチン、と危なげなく一本のケーブルを切断する。
「私に何かあったら、伊達くんに伝えて」
『え?』
「張り込み明けも家に帰るまで気を抜くなって」
『はあ……?』
よくわかっていない返事に思わず笑いそうになる。
『名前さん?』
「ん?」
『どうかしたんですか?』
意味深な話し方をしてしまったからだろう、降谷が心配げに問いかけてきた。
「…んー、ちょっと柄にもなく緊張してたから、声聞いたらほぐれるかなって」
パチン、と二本目のコードを切断する。
『…それで、ほぐれたんですか?』
ニッパーの先で重なり合うコードを少しずらす。わざわざ変則的に色分けしてるな、暇人か。
「だいぶほぐれたよ、ありがとう」
『それは…どういたしまして』
困ったように笑う降谷の顔が見えるようだった。
「それでね、君にも言っておきたいことがあるんだけど」
確実なところからコードを捌いていけば、ゴチャゴチャしていた配線が少しすっきりして見えてくる。
『なんですか?』
額にかいていた汗をタオルで拭きながら、名前は「そういえば今って名前呼んでいいの?」と今更ながらに問いかけた。
『大丈夫です。今は一人なので』
そっか、と返しながら、また一本コードを切る。
「…零くん」
『はい』
「張り込みの時、どうしてこんなことしたのかって聞いたよね」
半年前、彼に追及された話題を自ら出す。時間が経ってしまったが、彼ならその時の会話を一言一句違わず記憶しているだろう。
『…ええ』
あえて離したところに配置されている二本のコードを、短く息を吐いてから同時に切る。
「私ね、零くんのことが好きなの」
言い終えると同時に、ダミーのコードを三本続けて切る。通話口の向こうで息を呑むような気配がした。これで、彼をモヤモヤ悩ませていたものも腑に落ちただろうか。
「それだけ言っておきたくて。聞いてくれてありがとう」
続けざまに言って、通話を終える。ついでにスマホの設定をサイレントに変えた。
“一回目”では許されなかった言い逃げだ。これで名前に思い残すことはなくなった。
「…さて、ちょっと難しくなってきたな」
ふう、と息を吐きながら目の前のそれを眺める。時刻は11時40分。
まだ大丈夫。落ち着いていこう。
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